興味深いのは、コーエンはこの主張を述べた自らの著作をゲラ段階でブッシュ大統領に進呈し、かなりの影響を受けたことです。ブッシュ大統領が聖書以外で唯一読んだ本などと冗談を言う人もいますし、「もしブッシュ大統領が読んだのが、軍人の自主性を重んじたハンチントンの著作だったら、イラク戦争は起きなかったのに」と皮肉を言う米国の研究者もいます。それだけ当時の政権に影響を与えたのです。
ただし、イラク戦争との評価とは別に、コーエンの主張は賛否の議論が続いており、イラク戦争の結果をもって批判するのは誤りでしょう。
米国での研究から見えてくるもの
いずれにせよ、これらの研究は、いずれも軍の暴走や政治介入を懸念するのではなく、すでに文民統制は確固たるものとして、その上で、どのように文民統制を運用していくべきかという点に主眼があります。いかに効率的な予算策定を可能とするか、いかによりよい戦略決定を下せるようにするべきか、いかに無謀な戦争を回避するかというものなのです。
これを分かりやすく指摘するのが、前回も触れた、ボストン大学教授のアンドリュー・ベースビッチの指摘です。ベースビッチは、実際の政軍関係の問題は、軍部というものが、自動車メーカー、労働組合、映画産業、環境保護団体、宗教組織、マイノリティ団体、イスラエルロビー等と、自らの信念に基づいた自分たちの政策を進展しようと画策するという意味では何ら変わりがないと指摘します。
軍人たちは、これらの団体と同様に、自らが必要とする装備品の調達等を大統領や国防長官が潰した際に、国会議員やメディアに公然・非公然の区別すらなく働きかけ、リークすら行うことで自らの主張を通そうとする。これはまだなされていない決定に対しても先制攻撃として行われる場合もある──。そうベースビッチは指摘し、これらは文民統制への直接攻撃であるとすら言っています。
まさしく、ベースビッチの指摘は、クーデターおよび暴走防止といった冷戦以前にされていた、悪く言えば形式主義的な議論よりも、実務的な問題にこそ本当の重要な問題があると指摘するものです。