一方、汚い倉庫みたいなところの一室に事務所があり、そこに事務員と同じような姿で出てきたのが、高効率スーパー、まるまつの松岡社長であった。この老社長には拡大発想もなければ、ベンツに乗るという贅沢な発想も全くなかった。

 今までの流通業の経営者に決定的に欠けていたのが、この「足るを知る」発想である。

 流通業に限らず普通の企業経営者は、拡大路線を目指すのがむしろ当然であろう。しかし、この老社長は、いままで拡大を目指し失敗した同業他社を何度も見てきている。スーパーの王者ダイエー中内功氏の失敗を代表に、ヤオハンの店舗拡大のための海外進出失敗、ダブルテン構想を掲げたそごうの失敗など、大手小売業といえどもことごとく拡大路線が裏目に出て管理が疎かになり倒産してきている。

 私は松岡社長の冷静さと謙虚さに感銘を受けた。経営するということは、自分の生活を守るだけではなく、従業員の生活をも守ることである。自分の欲望を満たすために、一か八かの拡大投資をし、失敗すれば、自分だけでなく従業員の家族までもが巻き込まれてしまう。そんな危ない賭けのようなことをせずに、地道に安全策を採り、そして少しでも前進すれば良いではないかということが、足るを知る経営、身の丈の経営ということだ。

 グローバルな時代で競争に勝たなくては生きていけない厳しい時代に、一見逆行する発想かもしれないが、しばし噛みしめてもらう価値があるのではないだろうか。