日本は「食の品質」を世界に輸出せよ

味の社会学(第12回)

2014.08.20(Wed)菅 慎太郎

 コンビニの弁当やスーパーの惣菜、生鮮品が捨てられることもあるでしょう。しかし、家庭の中でも可食部や食べ残しなど消費者自身の食生活においても大量の食品ロスが生まれています。

 何より大事なのは、この「食品ロス」があるという事実を認識すること、そしてその改善には、消費者自身の習慣化した「食生活の行動」を改めることです。

 食品は「加工品」になるほど、消費期限と用途が限定されていきます。野菜を「サラダ」として購入するよりも、「キャベツ」として購入した方が、炒めものやサラダ、煮物など調理の汎用性と利用用途が広がります。核家族化、夫婦共働き、単身世帯の増加で家庭の調理時間が減少している一方、食材を利活用する知恵によってどう「食品ロス」を減らすか、私たちは「便利さ」と「手間」の間で食の問題に対峙していかねばならない時にきているのです。

単なる「国産」志向では安全は手に入らない

 先の事件を機に食品の「国産化」を求める声は多く聞かれます。しかし、「国産」を選ぶことが果たして食の安全や安心を構築することに寄与するのでしょうか。

 たとえ国内企業であっても、安全対策の基準やルールを守らなければ、食の安全を揺るがす事態は起きてしまいます。防疫対策が整えられているとはいえ、一時期問題となった「鳥インフルエンザ」などのような問題も国内で起こり得ます。

 つまり、食に対する姿勢や態度を向上させていくことをせず、「とにかく国産ならば大丈夫」と思考を停止させていては、食の安心にはなんら役立たないということです。

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