パッと見は西洋風のチョココロネ、
渦巻きの向こうに見えたのは饅頭だった

2014.02.14(Fri)澁川 祐子

 名前の由来としては、フランス語で「角(つの)」を意味する「cornet(コルネ)」、もしくは英語の「cornet(コルネット)」という金管楽器にちなむという2つの説がたいてい紹介されている。ただし、どちらも語源は、角や角笛を意味するイタリア語の「corno」であり、もとを辿れば同じと言える。また、その誕生時期については、おそらく明治時代ではないかと言われている。

 そこで、まずはチョココロネが生まれた背景から、その誕生に迫ってみよう。

 コロネを構成しているのは、パン生地とチョコレートクリームだ。そのうち、パン生地は一般に、あんパンやクリームパンなどの菓子パンに使われるものと同じである。

 あんパンが誕生したのは1874(明治7)年頃。あんパンの回で詳しく述べたが、1869(明治2)年に創業した「木村屋總本店」が酒種を使ったあん入りのパンを考案したのが最初である。さらに3代目の木村儀四郎は、ビスケットの事業を手がけるなかで、ビスケット用のジャムをはさむことを思いつく。そして1900(明治33)年、杏(あんず)ジャムの入ったジャムパンが発売された。

 クリームパンが登場したのは、ジャムパン誕生より少しあとの1904(明治37)年。1901(明治34)年に東京の本郷でパン屋を創業した相馬愛蔵は、シュークリームの美味しさに驚いたことをきっかけに、あんの代わりにクリームを用いたところ、たちまち評判になった。

 このように明治30年代には「日本三大菓子パン」が出揃い、甘くふんわりとしたパンが人々を魅了していった。そして1913(大正2)年には、東京で「丸十製パン」を創業した田辺玄平がドライイーストの製造に成功する。ドライイーストの登場によって、手軽にパンが作られるようになり、いろいろな種類の菓子パンが登場する。

チョコレートは大正以降に大衆化

 一方、チョコレートクリームのチョコレートはというと、18世紀後半に日本に伝わったとされる。

 チョコレートに関する日本で最も古い記述は、1797年(寛政9)年にまとめられた広川獬(かい)の『長崎聞見録』に出てくる。その中では、チョコレートの塊が<しょくらとを>と呼ばれ、薬の一種として紹介されている。また、『長崎寄合町議事書上控帳』では、同年に長崎丸山の筑後屋平右衛門が抱えている遊女大和路が、オランダ人からもらったものとして、コーヒー豆1箱などとともに<しょくらあと 六つ>と記されている。

 チョコレートがお菓子として認識されるのは、明治時代になってからだ。

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