日本で生まれた数々の料理を取り上げてきたこの連載も、今回が最後である。おしまいに、子どもの頃も今も変わらず大好きな一品を取り上げたい。
それは、豚汁だ。かつては母が作ってくれていたこの具だくさんの汁物。一人暮らしするようになってからも、冬になると必ず何度かは作ってきた。
寒い日が数日続いて、冷蔵庫に豚の細切れ肉がいくらか残っていると、これはもう豚汁を作るしかないという気分になる。そこでいそいそと買い物に出かけ、サトイモやらゴボウやらを買い込んでくる。
豚汁に入れる野菜は人によって違うだろうが、私が作るときに必須なのはネギとニンジン、サトイモ、ゴボウ。ダイコンは、冷蔵庫なければ省略で。それに油揚げとこんにゃく。主役の豚肉は、細切れが少しあれば大丈夫。
大量の野菜を切り、こんにゃくや油揚げの下準備を済ませ、大きな鍋を取り出す。豚汁の作り方を見てみると、油で具を炒めずに煮る派と、具を炒めてから煮る派があり、賛否両論あるようだが、私は炒める派だ。少量の胡麻油で材料を軽く炒めてから、水を入れてダシを加えて煮込む。
ちょいちょいとアクを取りつつ、野菜が柔らかくなったら仕上げに味噌を加えて完成。鍋いっぱいに豚汁が出来上がると、それだけで満たされた気持ちになる。
豚汁があれば、あとは白いごはんがあれば十分。野菜や豚肉の脂の甘味を含んだ汁をひと口飲むと、なぜか「ふう」と息がもれる。あの吐息は、安堵の条件反射みたいなものだろう。
おそらく昔の人も同じように、豚汁をすすって、吐息をもらしていたに違いない。だが、その「昔」とは、はたしてどのくらいまでさかのぼれるのだろうか。