2009年9月のある夜明け前、ニューヨーク市クイーンズで、タクシーの運転手が刃物で斬りつけられた。襲撃したのはやはりタクシーの運転手で、被害者のビジネスパートナーだった。2人は共にネパール出身で、1台のタクシーをシェアして仕事をしていた。(写真は全て筆者撮影)

 犯行後、自ら運転するタクシーでロバート・F・ケネディ橋へと向かった加害者は、橋からイーストリバーに飛び降りて死んだ。

ミッドタウンで客待ちするタクシーの列

 ニューヨーク市内には、1万3000台を超えるタクシーが走っている。「イエローキャブ」の愛称で親しまれ、街に溢れる黄色の車体はニューヨークのシンボルの1つだ。

 「ニューヨークを最もよく知っているのはタクシーの運転手だ」──。しばしばそう耳にする。多種多様な見知らぬ人々を次々と拾っていく運転手は、この街についての数限りないエピソードを知っているだろう。

 タクシーの運転は過酷な仕事である。昼夜交替のシフトの下、1回の労働時間は10~12時間に及ぶ。映画「タクシードライバー」(1976年)で、ロバート・デ・ニーロが演じる不眠症のトラヴィスがこの仕事を選んだのは、疲れ果てて眠るためだ。

 1970年代までは、トラヴィスのような白人がタクシーを運転するのは珍しくはなかった。しかし、現在では、ドライバーの9割以上を外国人が占める。

使い捨ての外国人ドライバー

雪の日もGO

 1970年代末、タクシービジネスは一変した。1日単位でタクシー車両をリースすることが合法化されたためだ。それまでコミッション制で働いていたドライバーは、「自己責任」で車を借りて運転するようになった。車両維持もドライバーの責任となり、より大きな責務とコストを背負った。

 乗客から受け取る運賃を全て自分のポケットに納めることになったものの、車両のリース料、燃料費などを上回る運賃を稼がなければ、実質的な身入りはない。「インディペンデントコントラクター」(個人事業主)と呼ばれる身分となり、社会保障も失った。

 一方、車両のオーナーは、リスクのないリース収入が保証された。「シフトを始めて最初の6~7時間は車両オーナーのために働いているんだ」。ドライバーは口をそろえてそう言う。半日流し続けた結果、持ち出しになる日も多い。