東京近郊の「問題な城跡」を歩く 1〜 8 9 10 11 中世河越氏の館跡「河越館」が問題の理由、現代残っているものは室町後期〜戦国期に築かれたものだった!? 東京近郊の「問題な城跡」を歩く(11)河越館 2024.12.13(金) 西股 総生 フォロー フォロー中 生活・趣味 歴史 シェア1 Tweet この写真の記事へ戻る 河越館 撮影/西股 総生(以下同) 河越館跡に残る土塁。右手遠方に常楽寺が見える 西側から見た常楽寺。河越氏の屋敷にあった持仏堂から発展したものと伝わる 河越館の主要部は発掘調査に基づいて史跡公園として整備されている 発掘調査で見つかった河越氏時代の溝。堀とは呼べないサイズである 発掘調査で見つかった室町後期〜戦国期の堀跡が舗装として表示されている。屈曲して複雑な縄張を構成している様子がわかる 常楽寺には河越氏の供養塔が建てられている