ソ連邦崩壊後の軍事力の削減と縮小
このように強大な旧ソ連軍だったが、ミハイル・ゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任すると、軍隊の解体や縮小、兵器の廃棄を進めて行った。
そして、ソ連邦崩壊(1991年12月)後、解体が急速に加速した。これらの解体は、経済力に見合う軍事力の造成と近代化を進めるためであったとみている。
ソ連邦崩壊前の戦力が残る2000年頃の戦力
ソ連邦崩壊後の「ミリタリーバランス1999-2000」によると、地上軍の師団(約1万人の部隊)が解体・縮小され、崩壊前の216個師団から62個師団と130個旅団(約5000人の部隊)等(予備含む)に縮小された。戦車や歩兵戦闘車は9万両から保管約5500両含む約2万8000両に減少した。
海軍では、主要戦闘艦艇約300隻から約90隻に、潜水艦約300隻から70隻に減少した。それらの旧式の艦艇は湾に沈められたり、使えるものは中国等に売却されたという。
空軍では、戦闘機等約7500機から5300機(訓練用含む)に、爆撃機約900機から145機(ほかに訓練用190機)に減少した。当時、旧式機は、飛行場内で切断され破棄され、部品が同盟国などに売られたこともあったと言われている。
2000年頃の戦力は、ソ連崩壊前の戦力と比較すると、概ね3分の1~2分の1程度に縮小されてスリム化されたが、近代化された新型の戦力は少ない状況であった。
そのため、当時の自衛隊内部では日本への脅威は主に中国と北朝鮮であり、ロシアについては、中国・北朝鮮に次ぐ脅威とみなされ、関心は低かったという記憶がある。
最も縮小された2021年頃の戦力(ウクライナ侵攻前の戦力)
ウクライナ侵攻直前の「ミリタリーバランス2021」によると、ソ連崩壊前と比べると、地上軍では216個師団だったのが9個師団・59旅団に減少、戦車等の保管数が約1万9000両に増加した。
その中でも多くが、野外駐車場に野ざらしで保管された。
オランダの防衛分析サイト「Oryx」などによれば、ウクライナ戦争では、保管されていた戦車等を改修して使用している状態であり、しかも、改修して使える戦車数も現在は底を尽きつつあるようだ。
海軍では、潜水艦約300隻が約50隻に減少した。
空軍では、戦闘機等約7500機から約860機に減少したが、新型戦闘機が製造された部分もある。
爆撃機は、約900機から137機に減少し、新たな爆撃機が製造されたのではなく、2000年前後に使用していたものを現在も残して使用している。
ウクライナ侵攻前の戦力は、ソ連崩壊前と比べると、5分の1から10分の1にまで縮小、かなりスリム化され、各軍の兵器に新型兵器がみられるようになった。
しかし、主力兵器の大部分は、崩壊前の兵器をそのまま使用している状況であった。
表 ロシア軍の戦力の変化
| ミリタリーバランス 1990-1991 |
1999-2000 | 2021 | |
|---|---|---|---|
| 地上軍部隊 | 216個師団 | 62個師団・130個旅団(師団換算約130) | 9個師団・59旅団(師団換算約40) |
| 戦車・歩兵戦闘車数(両) | 9万 | 2万8000(保管5500) | 2万8000(保管1万9000) 現役戦車9000 |
| 主要戦闘艦艇数(隻) | 300 | 90 | 90 |
| 潜水艦数(隻) | 300 | 70 | 50 |
| 戦闘機・攻撃機数(機) | 7500 | 5300 | 860 |
| 爆撃機数(機) | 900 | 145 | 137 |
出典:ミリタリーバランスに基づき筆者が表にしたものである。旅団の兵員は、師団の概ね半数である。60(59)個旅団は30個師団と換算することもできる。