政治問題と切り離して大会に挑むべき?

 一方で、ヘラスケビッチ選手のケースのような競技の最中や表彰式、開閉会式などでは認めない方針を変えていない。

 IOCの基本方針は、五輪という世界最高峰の舞台において、アスリートは、極論を言えば、たとえ自国が紛争の中にあっても、自らのベストなパフォーマンスを発揮することに集中することを求め、五輪と政治などの問題を切り離して大会に臨むべきだとの立場を貫いている。

 しかし、彼らに五輪期間だけは感情を封印し、スポーツに集中しろというのは、感覚の隔たりが大きいようにもみえる。

 実際、紛争地の当事者であるアスリートの胸に刻まれた感情を消し去ることはできない。

 著者はかつて柔道の国際大会で、ジョージアの代表選手がロシア選手を破った試合の畳上で、ものすごい剣幕とともに、胸の国旗を誇示するシーンを目撃したことがある。ジョージアは2008年、ロシアの軍事介入を受けていた。

 また、朝日新聞の記事では、ヘラスケビッチ選手の失格処分に対し、報道陣の一部からも「基準があいまい」との指摘が飛んだことが取り上げられている。

 ネット上では、ヘラスケビッチ選手を非難するコメントも確認される。

 こうした状況を避けるためにも、規定そのものが、一時の世論や感情で揺らぐことは避けなければならないが、だからこそ、あいまいとの指摘を受けないような、より明確な線引きが必要になる。

 ヘラスケビッチ選手は失格処分を受け、五輪に出場できるアスリートとしてのかけがえのない栄誉を逃した。

 一方で、ヘルメットの着用を巡る騒動は、実際の競技で着用したとき以上の発信効果をもたらしたともいえる。今後、他国の代表選手においても、同様の言動が起きる可能性も否定できない。

 世界が分断を深める中、様々な事情を抱えたアスリートが出場する五輪会場において、IOCは、アスリートが訴えようとする主張の内容に対し、どう舵取りをしていくのか。

「平和の祭典」は突き付けられた課題から逃げることはできない。

田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授
1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。