政治利用からアスリートを“守る”という目的

 フジテレビがコベントリー会長の会見を報じる中で挙げているのが、政治的なメッセージの発信を求められる可能性からアスリートを守るためという視点だ。

 朝日新聞の記事も、IOCのマーク・アダムズ広報担当者が、「もし認めれば、世界で起きている約130の紛争に対するメッセージであふれる。競技会場は表現会場と化してしまい、カオス(大混乱)を招く」と語ったことを取り上げる。

 ヘラスケビッチ選手の言動は、アスリートが発信主体となっていることが前提となっているが、五輪憲章は、一部の国家や権力者がアスリートに、五輪の場で戦没者の追悼を命じるような国家的なプロパガンダからの“防波堤”にもなる。

 世界では絶えず紛争があり、過去の戦争においては日本も他人事ではない。中国や北朝鮮、韓国とは反日感情をめぐる摩擦も起きている。

 ヘラスケビッチ選手に関しては、ウクライナのゼレンスキー大統領は謝意を示したうえで、「自由勲章」を贈ったことや、ロシアに隣接するラトビアの大統領もSNSへの投稿でIOCの対応を批判したことが報じられている。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、「追悼ヘルメット」で失格となったヘラスケビッチ選手に勲章を授与した(写真提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ)

 スポーツと政治、五輪と政治が、完全に切り離すことはできない難しさを浮き彫りにした。

政治運動を持ち込んだ選手がメダルはく奪

 過去の五輪の中で、最も知られた政治的パフォーマンスは1968年のメキシコ五輪だろう。200メートル走で金、銅を獲得した米国代表の2人の黒人選手が表彰式で、うつむいたまま、黒い手袋をはめた拳を突き上げた。

 全世界に黒人差別への無言の抗議を表明した「ブラックパワー・サリュート(敬礼)」に対し、IOCは五輪に政治運動を持ち込んだとして、2人のメダルをはく奪し、追放した。

 それから約半世紀を経て、IOCは五輪憲章におけるアスリートの政治、宗教、人種的な意思表示についてのルールを緩和。競技会場でも試合前や選手紹介などの機会に限って容認するようになった。

 2021年東京五輪では、サッカー女子の英国チームの選手たちが試合開始前にピッチ上で片ひざをつき、人種差別に抗議。対戦相手のチリの選手に加え、主審、副審も同調した。この抗議活動は米国代表などでも行われた。