野党に求められるのは中長期的な鍛え直し
したがって、野党に求められるのは、次回の選挙での逆転といった近視眼的な戦術ではない。今後10年を見据えた、中長期的な「足腰」の鍛え直しである。
2000年代には政党シンクタンクが流行した時代があった。かつての民主党も、党内シンクタンク「プラトン」を設け、NPOや非営利セクターとネットワーキングし、強力な関係を築いた。それはNPO制度の改革や寄付税制改革による東日本大震災からの復興など実は大きな成果を残している。
だが、自民党も含めてこうした中長期を眼差す政界の雰囲気はすっかり失われてしまった。自民党はそれでもなお、強力な組織を活かして、ネットワーキングやアップデートを行っているし、日本最大のシンクタンク霞が関を味方にしている。野党は圧倒的に不利だが、それでも打ち手は必要だ。
それは、小手先の選挙協力や野合による数合わせではなく、自らの政策理念を根本から問い直し、失われた人的ネットワークを地道に再構築する作業であろう。
なぜリベラルは敗北したのか、なぜ国民の不安に応えられなかったのか。
その総括なしに、次の時代はやってこないはずだ。政治への関心を維持し、長いスパンで力を蓄えることが、野党支持者にも求められる態度であろう。
そして、圧倒的多数を手にした与党、高市政権に期待されるのは、まさに「横綱相撲」である。
憲法が規定するように、国会議員は一部の支持者や利益団体の代表ではなく、「全国民の代表」である。選挙戦のなかでは先鋭的な支持層(いわゆる「推し活」的な支持者)に向けたパフォーマンスが目立ったかもしれないが、政権運営においては、野党に投票した国民の声にも耳を傾ける度量が求められる。
あまりに青臭いが数の力で少数意見を押し潰すのではなく、勝者としての余裕と責任を持ち、日本全体の舵取りを行うことが期待される。
それが、歴史的大勝を収めた政権に課せられた責務であろう。
このように2026年の総選挙は、日本政治を「平成の混乱」から「令和の安定(あるいは停滞)」へと引き戻した。
しかし、それこそが筆者が述べてきた新しい「令和の政治」の現実であり、この新しい現実の中で、与党も野党も、そして国民もまた、それぞれの立ち位置を再定義しなければならない局面に立たされている。


