2026年2月8日、スノーボード女子パラレル大回転準々決勝の三木つばき 写真/共同通信社
(松原孝臣:ライター)
「レッド、ブルーどちらを選んでも」
こらえようとしても涙を止めることはできなかった。
2月8日、スノーボード女子パラレル大回転が行われ、三木つばきは準々決勝で敗退した。
北京大会で初めてオリンピックに出場し9位。その後、成長を遂げ、昨シーズンは世界選手権で同種目銀メダル。今シーズンは苦しみながらもワールドカップで優勝2回、2位1回、3位2回でワールドカップランキング1位で臨んだ。
予選は3位通過、決勝トーナメント1回戦で勝利し、迎えた準々決勝。それが今大会の最後のレースとなった。序盤リードを許し終盤に追い上げをみせる。ほぼ同時にゴール。だが0.02秒、相手に先着を許し、敗れた。
「ほんとうに皆さんにメダルをお見せしたかったんですけど。泣かないって決めたんですけど、(メダルを見せることが)できなくてすごく悔しいです。これが今の実力だと思いますし、やりたいことはやれましたし、あまり深く緊張っていうものもせずに、しっかり体は動いていたので受け止めることができるし、後悔はないです」
敗因にコースの選択を指摘する向きもあった。ルールでは予選上位通過者に青、赤のどちらを滑るか決める権利があり、相手より上位の三木が選んだ。それは予選2回目でバランスを崩した赤だった。
「最後の最後、レッドが速いんじゃないかっていう話になって、スタッフさんとも話をして、最後レッドが差すことができているという情報もあったので」
難しい選択ではあったろう。ただ、結果にはつながらなかった。
その後、SNSを更新。
「正直、レッド、ブルーどちらを選んでも勝てませんでした。完全に私の実力不足です」
と記した。結果を自分の責任として受け止める姿勢がそこにあった。
それは今日までの歩みを象徴しているようだった。
三木は異色の経歴を持つ。4歳でスノーボードを始めたが翌年静岡県掛川市に引っ越した。スキー場のない地域だ。それでも「スノーボードがしたい」という気持ちは消えず、冬季は毎週末、両親に連れられ長野のスキー場で過ごし、スノーボードをした。
ただ、親の体力面、金銭面と負担は大きい。やがて両親から「これ以上は無理」と告げられた。でもあきらめられず、続けたいとお願いした。話し合った末に両親から提案されたのは「一人で山にこもって一人で練習する」だった。
三木はそれを選び、小学3年生の冬、約4カ月間にわたり両親のもとを離れて長野県に滞在し、スノーボードに打ち込んだ。工夫しながら勉強と両立させ、滞在先のペンションでは業務の手伝いをしながら過ごした。冬場に長野で過ごす生活を小学6年生まで続けた。
