監督と役者としての最高の組合せ
これまでに、坂本竜馬という人物は様々な役者によって演じられてきたが、この映画の竜馬は人間臭さという点でとび抜けて魅力的である。原田芳雄は竜馬を演じているというよりも、あるがままの自然体でその人に成り切っているように見える。その巧まざる存在感は圧倒的で、坂本竜馬を歴史上の人物としてではなく、その時代に生きていた現代人として捉えようとする、この作品の個性を極立たせている。
中岡慎太郎についても同様であるが、その人物像は竜馬以上にカリカチュアライズ(誇張)されていて、ともすればおフザケになりそうな振り幅の大きい役を石橋蓮司がうまく演じていて、原田芳雄と絶妙に息の合った掛け合いを見せている。ふたりの共演は最高の組合せだったように思われる。
そしてまた、監督と役者としても、黒木和雄と原田芳雄は最高の組合せであった。この作品以降、黒木監督の遺作となった『紙屋悦子の青春』を除いて、すべての作品に原田芳雄は主演、助演を問わず出演している。それほどまでに、この作品の竜馬は互いにとって会心の出来だったのである。
しかし、この映画の原田芳雄に誰よりも惚れ込んだのは、人斬りの右太に扮した松田優作であろう。当時、彼は25歳で、崇拝するあまり原田家のすぐ側に家を借りて住んだというエピソードまである。憧れの先輩のすべてを自分の中に取り込もうとしたのだ。のちに彼が自分の主演作で見せるようになる、ハードな演技の中にくだけたジョークをはめ込んで笑いを誘うやり方は、まさに原田芳雄の得意とするところであった。
『竜馬暗殺』が、かくも自由奔放で個性的な映画になったのは、その製作に至った経緯が大きく影響している。この作品は、不遇の黒木監督に映画を撮らせたいとの一心で、飲み仲間や友人知己が金をかき集めて製作されたのである。つまり、一般的な商業映画とは違い、興業収入を上げることを第一義の目的としていなかったのだ。
それどころか、掛かった製作費を回収できないことも折り込み済みで作られたとさえ思われるのである。当然のことながら、この作品に携わったスタッフ、出演者の誰ひとりとして報酬のことなど考えなかったに違いない。
淀川さんは入学式の祝辞で、好きなことをするのだから儲からなくても頑張らなければ嘘だと言われた。その精神の昇華したものが、この『竜馬暗殺』ではないかと思う。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)