死刑囚への接見禁止は大きな問題
──家族以外はコミュニケーションが持てないことや、死刑執行のスケジュールは本人や家族には知らされないなど、死刑囚の扱われ方にさまざまな問題があると書かれています。
篠田:現状の制度では、死刑囚やその家族には死刑執行の日時は事前に伝えられません。ある朝、係官が突然来て刑場に連れ出される。このような死刑執行のあり方についてはさまざまな意見があります。
1960年代までは、執行の数日前には告知されていたのですが、告知による恐怖で執行される前に自殺した死刑囚がいたことから、執行は当日(執行のおよそ2時間前)まで本人に告知されないという形式になったと言われます。死刑囚にとっては、毎朝、「今日あるかも」と思いながら生活するわけですから、相当過酷な現実です。
しかし、私がそれ以上に問題だと思うのは、死刑囚への接見禁止です。弁護人と家族以外、拘置所の外の人間には会えなくなるのは、拘禁症(自由が著しく制限された状況で発生するさまざまな精神的な問題)を発症する環境を作っているようなものです。
死刑が確定したら、法的には半年以内に執行されることになっていますから、社会から距離を取って心の準備をさせるというのが建前なのでしょうが、実際は半年どころか10年も20年も死刑確定者として生きている人がたくさんいます。その間、ずっと接見禁止にするというのは、理不尽以外の何ものでもないと思います。
もちろん、中には自ら面会お断りという死刑囚もいます。秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大などは接見をほとんど拒否していたようですが、それは当事者に選択させればよいことです。
私の知る限り、多くの死刑囚は誰とも会えなくなることに強い恐怖を感じています。誰とも会話をしない状況が何年も続くというのは、精神のバランスを崩す恐れの方が大きいと思います。袴田巖さんがそうなったのも死刑確定の後でした。
──新実智光や宅間守の死刑が執行された日の、彼らの妻たちの回想はいずれも印象的でした。
篠田:基本的には執行後に家族に知らせることになっています。ただ、この両者のケースは朝一で面会に訪れているので、拘置所が妻に知らせる前に本人が到着してしまった形です。窓口の係官が執行の情報を伝えるわけにはいかないので対応に困ったのでしょうね。

死刑囚に配偶者がいれば、死刑の執行は配偶者に伝えられます。「遺体と遺品をどうしますか」という確認もある。配偶者からしたら、衝撃とさまざまな判断が押し寄せる動転の1日です。
私が最初に10年以上のやり取りをした死刑囚は埼玉幼女連続殺害事件の宮﨑勤でしたが、執行翌々日に、母親から私に「息子がお世話になりました」という電話が入りました。
私がお参りさせてほしいと言うと、母親は「すべて任せました」と答えました。遺体を引き取らないということですが、実際には死刑囚は家族と離縁している人が多いので、引き取り手がないケースが多く、拘置所で処理するシステムはできているのです。
引き取れば、マスコミの目を避けながら、火葬場を手配しなければならないので、相当に大変だと思います。ですから、遺体の始末は拘置所に任せるケースがほとんどだと思います。
篠田博之
月刊『創』編集長
1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を30年以上にわたり連載。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま文庫)、『生涯編集者』(創出版)、『皇室タブー』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。植松聖との関わりは現在も続いている。多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。