無名だった佐藤慶と田中邦衛も出演
小林監督は、この『人間の條件』でも、当時まったくの無名だった名優ふたりを初めて重要な役で起用している。若手の良い役者を捜していたところへ、仲代さんが俳優座で同期の佐藤慶と、3期後輩の田中邦衛を推薦し、出演が決まったのである。ふたりは共に3・4部に出演し、佐藤慶はアカ(共産主義者)の烙印を捺されて隊内で孤立し脱走する上等兵を、田中邦衛は古兵から執拗ないじめを受け自殺する初年兵を演じて、それぞれに一度見たら忘れられない強烈な個性を発揮している。
『人間の條件』は、1部のクランク・インから6部のクランク・アップまでに約2年半という長い年月を要しており、その撮影の合間、或いは同時期に、仲代さんは他の監督の作品にも出演している。主なものを挙げると、『鍵』(市川崑)、『女が階段を上る時』(成瀬巳喜男)、『用心棒』(黒澤明)、『永遠の人』(木下恵介)と、日本映画を代表する監督の作品が並ぶ。
仲代達矢の、それまでの役者になかった知的でタフな個性は、巨匠たちの想像力を大いに刺激したのである。そして、その目覚ましい活躍ぶりが同世代の俳優たち、とりわけ若い舞台俳優たちに、はっきりとした指針として直接、間接に与えた影響は測り知れないものがあったに違いない。
しかし、ぼくは仲代達矢をそんな偉大な人と知りつつも、40数年前のあの時、映画館でオールナイトの同じ空間を共有したことを改めて思い返すと、今は夢のように懐かしく、仲代さんが同じ映画を愛する同士だったような気さえしてくるのである。
仲代さんの功績を讃えたい。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)