2時間57分の大長考、一手の裏にあった現実

 こうして積み上がった借金は、やがて盤上の重みにもなっていく。勝てば返せる、負ければ終わる。藤沢の棋聖戦は、いつしかそういう“生きるか死ぬか”の勝負になっていった。

 1977年、藤沢は第1期棋聖位を獲得する。弟子の高尾紳路九段は「棋聖を獲得して(1700万円の賞金を得て)若干落ち着いたものの、まだまだ借金の完済には至っていませんでした。返済のためにはどうしても第2期棋聖も勝ちたかったと思います」と振り返る。

1977年2月8日、橋本宇太郎九段(右)を4─1で破り初代の棋聖となった藤沢秀行九段(当時)/写真:共同通信社

 そして、第2期棋聖戦の相手は加藤正夫(名誉王座)。1勝3敗と追い込まれた局面で、藤沢は歴史に残る2時間57分という大長考(持ち時間は9時間)に及んだ。頭の中では「ここで負ければ立ち行かなくなる」という現実がちらついたかどうか。

 だが、長考で多岐にわたる変化を読み切り、見事に加藤の大石を召し取った。これをきっかけに藤沢が大逆転し、第2期を制した。幸い、借金返済の目途も立ち、そこから棋聖六連覇を果たすことになる。

 美談のように語られがちな場面だが、背後に「巨額の負債」と「生活」がぶら下がっていたことを思うと、他の棋士よりも一層重い勝負の厳しさがひしひしと伝わってくる。