井山裕太王座(東京千代田区の日本棋院・東京本院にて/撮影:宮崎訓幸)
囲碁界で過去、七大タイトル独占を2度にわたって達成し、国民栄誉賞も受賞した井山裕太王座(36)。だが、今年は棋士生活始まって以来の不調にあえいでいる。「どうも歯車がかみ合っていない」と話す井山氏だが、レジェンド棋士は最大のスランプをどう捉え、抜け出そうとしているのか。(前・後編の前編)
【聞き手:内藤由起子(囲碁観戦記者)/構成:田中宏季(JBpress編集部)】
>>後編:【井山裕太王座 独占インタビュー②】最強AIや若手棋士の台頭で激変、レジェンド棋士が思い描く「囲碁界の未来」
「自分をうまくコントロールできていない」
──年初の棋聖戦では3勝1敗と追い込みながら逆転負けしてタイトル奪取に失敗。十段戦では3連敗のストレートでタイトルを奪われました。名人戦挑戦者決定リーグでは快勝が続き、挑戦者争いのトップを走りますが、今年の成績は14勝16敗(取材日の6月末時点)と負け越しています。これまでの井山さんの戦績では負け越すこと自体とても珍しく、棋士生活始まって以来の逆境に苦しんでいるように見えます。
【井山 裕太(いやま ゆうた)】1989年5月24日生まれ、大阪府東大阪市出身。石井邦生九段門下。小学6年生でプロテストに合格し、2002年入段。2009年史上最年少の20歳で名人獲得、同時に九段昇段。2016年史上初の七冠同時制覇。2017年名人奪還で2度目の七冠。年間8棋戦優勝は史上最多記録。名誉棋聖、名誉王座、名誉天元、永世本因坊、名誉碁聖の資格を有す。獲得タイトル数77は史上1位。2016年内閣総理大臣顕彰受賞。2018年国民栄誉賞受賞。
井山裕太王座(以下、井山) ここ数カ月、歯車がかみ合っていないというか、狂っている感じはあります。
好不調の「波」は期間的なこともありますが、一局の碁の中にもあって、今年は勝ちに近づいている碁も負けている。重要な局面での精度が落ちている気がします。おそらく碁の技術だけではなく、自分をうまくコントロールできていないところがあるのかなと。
より良い手を求めすぎて、必要のない局面でも隙ができてしまっています。だからといってそれを意識し過ぎると、自分の持ち味(迷ったときは最強の手を選ぶなど)がうまく発揮できなくなる恐れもあります。そのあたりのバランスに苦しんでいるのは確かです。
ただ、普段の研究であったり、コンディションを整えたりしている時はそんなに悪い感覚ではありません。研究会での練習対局ではできていることが、本番でうまく生かしきれていないのだと思います。
──すでに自分の中で反省点や課題は見つけられているのですね。
井山 練習段階での感覚は悪くありませんので、本番にどう表現していくかだと思います。長年棋士をやってきて、いろいろな経験もしてきましたが、ここからやり方次第でどこまで改善し、伸ばしていけるかは長い目で見ないと分かりません。技術だけでなくメンタル面も含めた全ての要素が関わっていることなので、ここだけを改善すればうまくいくというものでもないと考えています。
囲碁の第50期碁聖戦5番勝負第2局で、芝野虎丸十段(右)を破った井山裕太王座(2025年7月9日、写真:共同通信社)
