相模岡崎城 撮影/西股総生(以下同)
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(歴史ライター:西股 総生)

はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回は神奈川県平塚市にある相模岡崎城を紹介します。

築城は戦国時代初期の三浦道寸

 先月の岡崎城につづき、またしても岡崎城である。ただし岡崎城は岡崎城でも、こちらは神奈川県平塚市にある戦国時代の土の城。あえていうなら相模岡崎城だ。

 その岡崎城へ行くには、小田急線の伊勢原駅南口から伊-18・伊-19という潜水艦みたいな路線名のバスに乗って、岡崎城址入口のバス停で降りる。西海地(さいかち)橋という小さな橋を渡ってしばらく歩くと、道はS字カーブの急坂を登って丘の上に出る。丘の上に建っている無量寺という寺の境内が、すなわち岡崎城の主郭である。

南から見た岡崎城。画面中央あたりが無量寺の建つ主郭になる

 この城を最初に築いたのは平安末〜鎌倉初期に活躍した岡崎四郎義実、といわれることが多い。岡崎四郎義実は三浦氏の一族で、源頼朝の旗挙げに参加した鎌倉政権の古参である。「岡崎」の地名からいって、四郎義実がこのあたりに居を構えたのは間違いないが、城跡を義実に結びつけるのは無理がある。城の西方に義実の墓所と伝わる場所があるけれど、室町時代の石塔を集積したものだ。江戸時代のお百姓さんが、畠の中に散らばっていた石塔を集めて供養したのだろう。

城の西方にある伝岡崎義実の墓。宝篋印塔は室町時代のもののようだ

 岡崎城を実際に築いたのは、戦国時代初期の三浦道寸(どうすん)という武将。戦国の初め、伊豆を領した伊勢宗瑞はさらに小田原城を掠取し、その勢いようやく相模を窺うに至る。相模を支配していた扇谷上杉家はこれを押さえるべく、家中きっての戦上手である三浦道寸をして相模平野の西端に当たる当地に城を築かせた、という経緯である。

空堀跡。画面中央の畠が低くなっているのがわかるかな?

 ところが宗瑞は、道寸不在の隙を衝いて城を落としてしまった。永正9年(1512)のことと伝わる。こののち宗瑞と道寸は、三浦半島で死闘を繰りひろげているから、岡崎城はそのまま廃されたらしい。

 戦国の早い時期に短命で終わった岡崎城は、耕地となったり人家となったり道がうがたれたりと、あれこれ人の手が加わって、遺構がわかりにくくなっている。まず主郭は無量寺の境内であるが、よく見ると本堂の裏手にわずかばかり土塁が残っていて、その外側が堀切になっている。

無量寺の背後に残る土塁。だいぶ崩されて低くなっているが、背後は堀切となっている

 主郭の北に出て、伝岡崎義実墓所への小道を西にたどると、ほどなく巨大な空堀に出くわす。巨大な空堀は後世の地形改変で寸断されてしまっているけれど、本来は西〜北〜東〜南東と城の中心部を2/3周していたようだ。

主郭の西に残る巨大な空堀。20年くらい前は農地だったが、いつの間にか藪になった

 岡崎城で面白いのは、城域がどこまでなのかよくわからないこと。上記の巨大空堀の外側には、城の遺構(切岸や曲輪)なんだか畠なんだか、区別の付かない段々や平坦面がぼーっと広がっていて、どこまでが城内なんだか城外なんだかわからない。

 けれども、実はこれが戦国初期の城の特徴なのである。つまり、城の中心部だけを堀や土塁でカッチリ囲み、その外側には自然地形を利用した前哨陣地帯みたいなエリアが広がっている。どうやら戦法や部隊編成の関係で、そうしたスタイルの方が守りやすかったらしい。であるなら、お天気のよい日にお散歩気分で、ぼーっと広がる城域を感じてみるのが、この城の楽しみ方としてはよいのだろう。

巨大な空堀の外側には茫漠とした地形が広がる。背景に大山が見える

 なお、バス通りを挟んで岡崎城の南側にある丘は矢崎城の跡といわれる場所で、丘の上にある岡崎神社の境内に、土塁が少しばかり残っている。来歴のよくわからない城だが、岡崎城を攻めたときの伊勢宗瑞の陣城ではないか、と筆者は考えている。

 他にも、岡崎城の周囲には「馬渡」「矢羽根」など、城や合戦に由来しそうな地名が多い。そんなところも楽しみながら、史跡散策を楽しんでみてはいかがだろう。

矢崎城址にある岡崎神社。境内には土塁の跡がわずかに残っている

【一口メモ】伊-18・伊-19系統のバスは1時間に1~2本程度なので、平塚駅北口行の平-89・90・91系統に乗り、大句(おおく)のバス停で降りて西に歩いても岡崎城までは10分ほど。

[参考図書] 西股総生・松岡進・田嶌貴久美著『神奈川中世城郭図鑑』(戎光祥出版2015刊)は神奈川県下の中世・戦国期城郭100箇所を取り上げ、遺構が残っている城については縄張図付で解説しています。本格的城歩きのお供にどうぞ。