きらびやかな設定、普遍的なすれ違いが心をつかむ

 もう一つ、ベストセラー小説を映画化した中年ラブストーリーといえば、平野啓一郎著『マチネの終わりに』がある。小説は60万部を超えるベストセラーとなり、2019年に福山雅治(56)と石田ゆり子(56)で映画化された。

映画「マチネの終わりに」(左から西谷弘監督、板谷由夏、桜井ユキ、石田ゆり子、福山雅治、伊勢谷友介、木南晴夏、古谷一行/写真:産経新聞社)

 中年の恋愛を描くという共通点はあるものの、『マチネの終わりに』と『平場の月』を比べると、別の作品なので当然ではあるが、大きく異なる点がある。

 第一に、主人公が、天才クラシックギタリスト・蒔野聡史と、国際ジャーナリスト・小峰洋子と、『平場』とは対照的な、きらびやかな40代であることだ。東京、ニューヨーク、パリ、バグダッドを舞台に、いわば「すごい人」になった二人の物語が、知的かつドラマチックに紡がれていく。

 第二に、すでにパートナーと呼べるような相手がいる者同士が出会うこと。蒔野と洋子は運命的に恋に落ちるものの、パートナーの存在によって葛藤し、引き裂かれていく。読んでいてもどかしく、同時に、恋愛ってこういうものだなと感じる場面でもある。

 つまりキャラクターや舞台設定は成熟し成功した「大人」にふさわしいものなのだが、『マチネの終わりに』には恋愛における普遍的な“すれ違い”と、恋に落ちた人間特有の一途さが描かれていて、ラブストーリーの王道として楽しめる作品でもあるのだ。

 私にとってリアルなのは『平場の月』だ。だが、自分と遠い世界の物語に触れ、遠い世界を自分に引き付けるのもまた、物語の醍醐味であり、大人の楽しみであろう。

 総じて人は中年、さらには中高年になると、仕事、子育て、介護、老い、病……と、背負うものが増えていく。恋愛だけに突っ走ることを許してくれない理性や経験、さまざまな事情にからめとられていく。

 しかし、それでも出会うときは出会うし、恋に落ちる人は恋に落ちるのだ。いくつになっても恋愛は「新しい人生への可能性」である。中高年が多様化しているいま、時代を映す多様な大人のラブストーリーに、これからも出会いたいと思う。