“すごい大人”になれなかった人たちの物語
「大人」の恋愛とひとことでいっても、その内実はさまざまで、世代や個人の置かれた環境・価値観によって、大きく変わってくる。例えば前述した『続・続・最後から二番目の恋』の主人公たちは、バブル世代だった。
その一つ下の世代、氷河期世代になると、見てきた景色、価値観、何より社会から享受したものがまったく異なる。そうした「リアルな50代」を描いた恋愛映画『平場の月』が今年11月14日から公開され、同世代として強く印象に残った。
原作は2018年に刊行された朝倉かすみ氏の同名小説で、山本周五郎賞を受賞。2021年に文庫化(光文社文庫)され、28万部を突破している。
ベストセラーとなった原作小説にはずいぶん前から「映画化決定」の帯がまかれていて、私はひそかに楽しみにしてきた。SNS上ではキャストの予想をする人もいた。石田ゆり子や深津絵里などの人気俳優の名前が挙がっていたが、実際は、作品の登場人物たちとほぼ同年齢の堺雅人(52)と井川遥(49)で映画化された。
映画「平場の月」(左から土井裕泰監督、堺雅人、井川遥/写真:産経新聞社)
映画『平場の月』の監督は、『花束みたいな恋をした』を大ヒットさせた土井裕泰監督である。土井監督はこの映画を「“すごい大人”になれなかった人たちの話」だと語っている。
堺雅人演じる青砥(あおと)健将と、井川遥演じる須藤葉子は、埼玉県朝霞市に住む、中学生の同級生だった。そして互いに初恋の相手だった。
「将来どんな大人になりたい?」と、二人が話すシーンがある。青砥は「なんかすごい大人」になりたいと語る。須藤は、「ひとりで生きてくって決めている」と語る。須藤の母親は若い男と出ていき、そんな母親を父親は殴る。そうした家庭で育った少女の言葉だった。
しかし、二人とも、15歳のときに思い描いていたような大人にはならなかった。青砥は離婚して地元に戻り、印刷会社に再就職する。自分で弁当を作り、自転車で会社に通勤する。〈すごい大人〉にはならなかったが、平和で平凡な暮らしを送っている。
一方、須藤は、立教大学から大手証券会社へ就職、までは順調だったが、〈一人で生きていく〉という言葉とは裏腹の生活を経て地元に戻り、質素なアパートで一人暮らし。毎日ユニクロの服を着て、パートで生計を立てている。
そんな二人が地元で偶然再会し、再び恋をする。「互助会ね」と言って始まる、燃え上がらないけれど、ささやかでほっとする関係を少しずつ築いていた矢先に、須藤を病魔が襲う。がんが見つかるのだ。