「世論操作ビジネス」を潰すカギは可視化

 COTSIでは、実に500以上のプラットフォームについて、国別に偽アカウント認証の価格と在庫をリアルタイムでモニターできる。これにより、SIMファームが供給する偽アカウント市場という、従来は見えにくかったオンライン操作の動きが、日々の価格と在庫の変化として定量的に追えるようになったわけだ。

 研究者らは「偽アカウントはすべて電話番号とSIMハードウェアから始まる」という構造を強調し、ここがオンライン操作ビジネス全体のボトルネックだと指摘する。つまり、ボットやプロパガンダの表面上の動きよりも一段「上流」にあるSMS認証市場を監視することで、「どこで、どの程度の不正な活動が準備されているか」を早めに観測できるのだ。

 前述のように、TelegramとWhatsAppでは、選挙前に偽アカウント価格が平均12〜15%上昇することが確認された。このことは、実際の工作活動が開始される(偽アカウントが情報発信を始める)段階より前に、「準備段階としてのアカウント購入需要」が価格シグナルとして現れることを示している。

 もちろん、Facebookのように国境をまたいで世論操作に使用されるプラットフォームもあるため、どの国で工作活動が始まりそうかを詳細に捉えられるわけではない。

 しかし継続的にデータを収集することで、何らかの異常値が現れた場合、規制当局や情報機関は「何らかの大規模な情報戦が計画されている」と判断し、実際にコンテンツが拡散される前に警戒レベルを引き上げるなど、予防的に介入できるようになるだろう。

 今回の研究は、オンライン世論操作がビジネス化・分業化した結果、むしろその一端を「市場データ」として捉えられるようになったことを示すものと言える。

 偽アカウントを必要とする詐欺業者やプロパガンダ勢力と、数千枚のSIMカードを運用してSMS認証を売るベンダーとのあいだに、国際的な市場が成立しているからこそ、研究チームは複数の大手ベンダーから価格と在庫データを取得し、COTSIというインデックスに集約できたのである。

 論文が示すのは、バラバラに見えるボットや影響工作が、実は共通の供給インフラとコスト構造に束ねられた「影の経済圏」として機能しているという点であり、そのボトルネックとなるSIM認証市場をモニターすることで、オンライン操作の動きを定量的に追跡できるという発想だ。

 これは同時に、「オンライン世論操作を可視化する糸口は他にもあり得る」という可能性を示唆する。

 たとえば、閲覧数の水増しや偽フォロワー販売、生成AIを組み込んだボット運用のための外部サービスなど、すでに商業サービスとして分業・外注されている領域であれば、同様に価格・在庫・トラフィックといったデータを指標化し、実際の工作活動が開始される前にそれを検知する余地があるはずだ。

 COTSIでは「SMS認証のコストが高い」国とされた日本も、近年海外からの影響工作と見られる活動が観測されるようになっている。それを事前に把握する手法の確立を、喫緊の課題として位置付ける必要があるだろう。

小林 啓倫(こばやし・あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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