渦中にいると、問題の原因を見誤る

 2つめは、渦中にいるとき、我々は問題の原因を見誤るということだ。

 ドイツ政府やライヒスバンクは、過剰な通貨供給がインフレにつながっているとは考えなかった。むしろマルク高になることで、製造業の倒産や失業率が一時的に増えることを恐れ、印刷機のハンドルを回し続けた。その結果、マルクの価値は下がり続けたが、上昇する物価に見合う賃金を労働者に支払うために、さらにたくさんのマルクを発行した。

 ライヒスバンクはドイツの中央銀行なので、いくらでも紙幣を刷ることができたし、事実そうした。1週間におよそ7400京マルクの紙幣が供給された。1923年初頭、初めて10万マルク紙幣が発行されたが、同じ年の8月には1億マルク札が発行された(11月には、1兆、5兆、10兆マルク札が発行される予定だった)。

 ただし、どんなにお金を刷ったところで、ドイツ国内の価値あるものを増やすのは、また別の話だった。現物、とりわけ食料品を持っている人間が一番強かった。隣国のオーストリアも似たような状況だったが、ある医者の夫人は、立派なピアノと引き換えに小麦粉一袋を手に入れた。

 インフレの原因を、第一次世界大戦敗戦に伴う莫大な賠償金に帰する向きもあるが、それだけではないと著者は言う。ドイツは戦時中から、国庫収入の不足を補うために国債を発行し、その引き受けのためにライヒスバンクは紙幣を刷り続けた。

 問題の原因を見誤ると、当然ながら、状況は改善されないまま放置される。そして責任をとるべき人間にとらせず、別のところに怒りの矛先を向けてしまう。これが3つめの印象的なことだった。

 多くの人たちは、政府や財務大臣の責任を追及するよりも、物価高騰は投機のせいであると考え、ユダヤ人に憎悪を向けた(やがてナチスが台頭する)。ドイツで豪遊する外国人観光客、食料を出し惜しみする農民も敵視された。農民が出し惜しみするのは、受け取った途端に価値が下落していくマルクを信用できないからだった。不作だったわけでもないのに、通貨への信用がないために、食料は流通せず、国中に飢餓が蔓延した。

 興味深いのは、ドイツ国民みんなが窮乏したわけではないことだ。「恩恵を誰よりもこうむったのは、富める者と強い者たち」で、多くの国民が飢餓に苦しむなかでも、演劇や旅行、スケートを楽しんでいる層もいた。