健全なバウンダリーと不健全なバウンダリー

──「他人と過去は変えられないけれども、自分と未来は変えられる」というフレーズはポジティブなものとして世に浸透していますが、上谷先生はそのネガティブな側面を指摘しています。

上谷:私たちは他人の言動に苛立ったり、過去に起きたことをなかったことにしたいと思ったりしがちです。それが、まさに現在の自分の悩みにつながっていることが多々あります。

「自分と未来は変えられる」という言葉には、未来は自分で作っていける、自分の物事の捉え方を変えることで悩みは軽くなるというメッセージが込められています。これは、一面では真実です。この言葉に救われた方もたくさんいるでしょうし、私自身、救われたこともあります。

 けれども、頭では「自分を変えなければ」と分かっていても、それがうまくできないと、「自分はダメだ」と自責する方向へ感情が向かってしまいます。特に「自分が変わらなければ」「良い自分にならねば」という思いが強い真面目な人ほど、この言葉が重荷になります。

「変わろう」としている時点で、裏側には「現在の自分の否定」が潜んでいます。「ありのままの自分」を受け入れることこそが、本当の意味での変化につながります。

──本書では「バウンダリー(境界線)」の重要性を強調しています。

上谷:バウンダリーとは、自分と他者、特に自分の時間と他者の時間、自分の感情と他者の感情との境界線のことです。

 家のドアのような物理的な線は分かりやすいですが、感情や時間は目に見えないため曖昧になりやすい。ここに線を引けないと、簡単に他者に侵入され、生きづらさにつながります。

──バウンダリーには「健全」な状態と「不健全」な状態があると書かれていました。

上谷:健全なバウンダリーは柔軟性があります。必要に応じて他者を受け入れたり、入ってほしくないときは断ったりすることができます。

 健全なバウンダリーの対極にあるものとして、不健全なバウンダリーがあります。

 不健全なバウンダリーは、「堅固」と「脆弱」の2種類に分けられます。堅固なバウンダリーは分厚い壁のようなイメージで、人の侵入を絶対に許しません。バウンダリーが堅固だと、本当の友だちができることはありませんし、人と関わること自体が困難です。

 脆弱なバウンダリーの場合は、人の仕事を引き受け過ぎて常に多忙になったり、「No」と言えないので他人から蹂躙されたりするような状態になりやすい。自分が大切にしたいもの、他人が大切にしたいもの、それらを大切にできなくなってしまいます。

 ただ、注意していただきたいのは、健全なバウンダリーが絶対的に良いというわけではないことです。