AIと人間、それぞれの強みを生かせ

 私は以前、全国を回って生成AI研修を行っていたとき、ある経営者から興味深い質問を受けました。

「AIは経験がないのに、どうして経験を語れるのか」というものです。この問いは本質的です。

 AIは経験を語っているのではなく、他者の経験が書かれた膨大な文章を統計的に組み合わせているだけなのです。

 例えるなら、旅行をしたことのない人が、世界中のガイドブックを読み込んでそれらしい旅行談を書くようなものです。

 文章としては整っていても、実際に風を感じたことも匂いを吸い込んだこともありません。

 この身体性の欠如こそが、人間との最大の隔たりです。

 しかしここで誤解してはいけないのは、AIが意味を理解できないから役に立たないという話ではないという点です。

 むしろAIは、理解しないから強いという場面が数多くあります。

 例えば膨大な財務データから異常値を見つけ出す作業や、文章のパターンから顧客クレームの兆候を検出する作業は、人間よりもはるかに高速で正確に行います。

 データに対する感情的なバイアスを持たないため、冷静な判断が必要な場面ではむしろ優位です。

 実際、物流倉庫の最適化にAIが広く使われているアマゾン・ドット・コムでは、人間では気付かないパターンを検出し、在庫配置を何十%も効率化した例があります。

 ただし、AIに最終判断を完全に委ねることは推奨されていません。あくまで意思決定のための洞察を提供する存在として扱うことが求められています。

 経営者が向き合うべき本質は、人間とAIの学習の違いを理解したうえで、組織の中で両者の強みをどう活かし分担させるかという視点です。

 人間は意味を理解し、関係性を考え、未来を構想する力を持っています。AIはそれを支える大量処理と高速推論に優れています。

 この2つを併存させることができれば、企業の生産性は飛躍的に向上します。

 逆に、AIを人間と同じように理解や判断をする存在と誤認することが、最も危険です。

 この誤解が原因で失敗した企業事例は海外でも増えており、多くの専門家が注意喚起を行っています。