プーチン流「社会契約」、西側との隔たり埋まらず
マライ:ロシアではプーチン大統領の支持率が依然として高めですよね。ただ、もし都市部のロシア人に大きな被害が及ぶと、一気に支持が崩れる可能性もあるということでしょうか。
小泉:そうですね。プーチンは一種の社会契約を担っていると思います。西欧的な意味での社会契約ではなく、「俺について来い、お前らを悪いようにはしない」という田舎の親分のようなイメージです。
実際、プーチンが登場して以降の25年間で都市部の暮らしは大きく改善しました。医療は最低限の水準が担保され、年金制度も安定し、高齢者向けの文化講座なども整ってきました。こうした生活の安定が、高い支持率につながってきたのです。
もし都市住民の息子や孫に徴兵令状が届き始めれば、反発が起きる可能性があります。だからこそプーチンは、大規模動員によって戦争に決着をつけるという選択を取れないのです。
神島大輔氏(以下、敬称略):西側のエンタメでは、ロシアとドイツは二大悪役のように描かれてきましたが、ドイツは西側の仲間入りもして一定の救済物語を持っています。一方、ロシアは戦勝国でありながら救われていないというイメージがあります。
小泉:もちろんロシア自身の行動によって嫌われている部分もあります。しかし同時に、西側とのすれ違いが蓄積し、「自分たちの言い分が無視されている」という感覚が怨念として溜まってきたのも事実でしょう。その結果、より強硬な態度へと転化していったようにも見えます。
初期のプーチンは、西側にかなり歩み寄っていたと思います。ただ、それが顧みられなかったと感じ始めたのが2000年代半ばです。イラク戦争、ミサイル防衛構想、ジョージア戦争などを経て、関係は徐々に硬化していきました。
マライ:ドイツのメルケル前首相の影響力はなかったのでしょうか。
小泉:メルケル首相はヨーロッパとの重要な窓口でした。ガス問題も含め、首相間の関係は緊密で、よほどのことがない限りヨーロッパが再び不安定化することはないだろうと多くの人が考えていました。
しかし、そのよほどのことが起きてしまったのです。その理由については、将来の歴史家に委ねるべき領域だと思います。現時点では、ロシアやヨーロッパで起きている出来事を断定的に評価できるほどの材料は、まだ十分にそろっていないのではないでしょうか。
