鉄の女の素顔はきわめて人間的、きわめて成果主義

──コーチのエテリさんにも長時間にわたって取材をされています。ロシア女子を世界最強に押し上げた立役者である一方、IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ終身名誉会長に「冷酷すぎる」と批判されたことがあるほど厳しいコーチとしても知られます。

河西 取材した印象としては、きわめて人間的で、メディア対応も誠実な方でした。彼女が所属するモスクワの名門クラブ*4には何百人と選手が所属しているのですが、彼ら一人一人に向き合っている。そうでなければ強い選手が育たないでしょう。

*4:フルスタリヌィ・スケートリンク。モスクワ市フィギュアスケートアカデミーの一部門

2022年2月17日、北京オリンピック・フィギュアスケート女子フリーの演技を終えたカミラ・ワリエワとコーチのエテリ・トゥトベリーゼ氏(右)(写真:共同通信社)

 一方で、きわめて成果主義であることは確かです。金メダルを取る、あるいは高得点を取ることに強い執着心を持っていて、ルールの範囲内で、勝つためにできることはすべてやる。その手段の一つが女子の4回転ジャンプだったということです。

 ただ、取材して分かったのは、すべての選手に金メダルや4回転を強いるわけではない。4回転を跳ぶとケガをするような体型の選手には跳ばせないし、表現力を磨きたい選手にはそういう方向の指導をする。選手個人を尊重した上での成果主義だと感じました。

──選手たちには慕われていますか?

河西 エテリさんのことを「怖い」という選手には出会わなかったですね。「厳しい」とは言うけれども。われわれの取材は10日間くらい連続してカメラを入れました。それだけ長期にわたって包み隠さず見せてくれるというのは、自信があるからだろうと思います。

厳しい指導法で知られるエテリコーチ(写真:Sputnik/共同通信イメージズ)

──日本のチームやクラブと、ロシアとの違いは何でしょうか?

今野 一番驚いたのは、エテリさん自身が採点しながら指導していたことです。ジャッジの資格を持っているのでできることですが、徹底して高得点をとるための練習をしている。ここまで綿密にやっているのかと驚きました。

河西 やはり練習時間ではないでしょうか。選手たちは朝9時から夜9時くらいまでクラブにいる。その環境が全く違うと思います。その間、リンク上での練習のみならず、バレエのレッスンや筋力トレーニングなどを行っていて、こうしたフィギュアスケート以外のカリキュラムが充実しているのも日本とは異なる点だと思います。

──ロシアは国家としてフィギュアスケートに力を注いでいるということですよね。

河西 このクラブは授業料が無料です。フィギュアスケートはお金がかかるスポーツですが、その費用をすべて国がもっている。ものすごく力を注いでいると思います。

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 次のミラノ・コルティナ五輪への出場が決まった女子選手も、エテリさんの門下生である18歳のペトロシャンです。河西さんはペトロシャンへの取材経験があります。【後編】では次の五輪の展望や、日本のフィギュアスケートの現状についてお伺いします。(砂田)

【河西大樹(かさい だいき)】
NHK報道局・ディレクター。1989年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業後、2014年NHK入局。医療、経済、社会問題、スポーツなどの分野で番組制作を担当。これまでに制作した主な番組は、NHKスペシャル「“絶望”と呼ばれた少女 ロシア・フィギュア ワリエワの告白」「王者のジャンプ~フィギュアスケート男子~」「景気回復vsインフレ」「パンデミック 激動の世界(3)停滞か変革か 岐路に立つグローバル資本主義」「苦境の世界経済 日本再生の道は」、BSスペシャル「ロシアのアスリートの宿命~女子フィギュア・ワリエワ~」、クローズアップ現代+「コロナ禍マネー最前線・世界の超富裕層はどう運用」「スマホマネー革命」「東証10連休“令和マネー”はどう動く?」「“トランプ発”貿易戦争の衝撃」など。入局以来10年以上にわたりフィギュアスケートを取材し、宇野昌磨選手、坂本花織選手、「りくりゅうペア」の密着ドキュメンタリーなども多数制作。

【今野朋寿(こんの ともひさ)】
NHK札幌放送局・記者。1987年生まれ、札幌市出身。中央大学卒業後、2011年NHK入局。岡山放送局、大阪放送局(スポーツ担当)、スポーツニュース部を経て現所属。スポーツニュース部では主にアマチュア競技を担当し、オリンピックは2021年東京大会、2022年北京大会、2024年パリ大会を現地取材。主な担当番組に、NHKスペシャル「王者のジャンプ~フィギュアスケート男子~」「“絶望”と呼ばれた少女 ロシア・フィギュア ワリエワの告白」、BSスペシャル「シェイリン・ボーンのメッセージ フィギュアスケート 魂の振付師」、スポーツ×ヒューマン「殻をやぶるなら、いま フィギュアスケート 鍵山優真」「まっすぐ、心と向き合って~フィギュアスケート・鍵山優真~」などがある。

『栄冠と絶望のリンク ロシアの天才スケーター カミラ・ワリエワの宿命』(河西大樹・今野朋寿著、講談社)