取材の入り口は「なぜロシア女子だけがこれほど4回転を跳べるのか」

──2023年の10月と12月の2回、ワリエワが所属していたモスクワの名門クラブ「フルスタリヌィ」で長期取材をされています。これまでに「王者のジャンプ~フィギュアスケート男子~」「シェイリン・ボーンのメッセージ フィギュアスケート魂の振付師」など、フィギュアスケートに関わる名番組を作られていますが、そんなお二人でも、この取材は大変だったと書かれています。取材の動機はどんなところにありましたか。

河西大樹氏(以下敬称略) 戦争下のロシアにとって日本は非友好国ですから、通常の海外取材ではないわけです。スマホもパソコンも日本に置いて、また、経済制裁中の国なのでカードが使えないために、現金だけを持ってモスクワに入りました。

 相当な緊張感と恐怖心がありましたが、そうした時期に取材を受けてくださったロシアチームの方々には感謝しています。われわれの取材がなければ発信されなかった言葉を、直接聞くことができたと思っています。

 取材のきっかけは大きく3つあります。第一に、北京オリンピック前から、ロシアの女子フィギュアスケートに興味を持っていました。なぜロシア女子が強くなったのか。具体的にはなぜロシアの女子選手だけがこれほど4回転を跳べるのか。中でもエテリ・トゥトベリーゼコーチ*3が指導するクラブがなぜこれほど強いのかを紐解きたいという興味です。

*3:ソチ団体金メダルのリプニツカヤ、平昌五輪金メダルのザギトワ・銀メダルのメドベージェワ、北京金メダルのシェルバコワ・銀メダルのトゥルソワらのコーチ

 第二に、北京オリンピックを揺るがせたワリエワのドーピング事件です。彼女はドーピング違反をしましたが、15歳の少女が単独でできることだろうか。アンタッチャブルな事件を直接取材したいというジャーナリストとしての思いです。

 第三が、ウクライナへの軍事侵攻によって、ロシアスケーターたちは国際舞台から除外されてしまった。彼女や彼らが、どんな気持ちでスケートに向き合っているのかが気になっていました。国際大会から除外される中でロシアのアスリートが何を考えているのかを知りたいと思いました。

今野朋寿氏(以下敬称略) 河西の話と重なりますが、フィギュアスケートが「競技以外」のところでこれほど注目を集めることは、かつてなかったと思います。何が起きているかを知りたいという強い気持ちがありました。

 個人的に、北京五輪以降、モヤモヤしたものを抱えていたんです。北京五輪のとき、現地に取材に行っているんですね。担当は男子フィギュアスケートだったのですが、ドーピング事件が起きたことで、想定していたオリンピックではなくなっていきました。

 本に書いたように現場は大混乱して、メディア同士の言い争いが起き、純粋にスポーツを見る状況や心境ではなくなっていった。そうした自分自身のモヤモヤを晴らすためにも、難しい取材に時間をかけて取り組みたいと考えたのです。

──お二人とも、仕事を離れてもフィギュアスケートファンなのでしょうか?

河西 私はそうです。もともと音楽が好きなんですね。フィギュアスケートは非常に感動的な音楽とともに滑る上に、同じ曲、例えばオペラ座の怪人でもレ・ミゼラブルでも、選手によって全く違った表現になる。それでいて、スポーツなので点数によって順位がつくという独自性のある面白さに惹かれて、虜になっていきました。

 NHK入社後の初任地が名古屋で、フィギュアスケートの初取材は、シニアに上がったばかりの宇野昌磨さんでした。全体としてはフィギュアスケート以外の仕事の方が多いですが、かれこれ十数年、ライフワーク的にフィギュアの取材を続けています。

今野 私は母が大ファンだったんです。私自身は特別ファンというわけではなかったのですが、初任地が岡山で、ノービス時代の島田高志郎選手や三宅星南選手の取材をさせてもらいました。その後、大阪を経て東京に異動してから、河西とともに、本格的に取材を始めたという感じです。