ドーピング違反のワリエワは自ら禁止薬物を摂取したのか
──ワリエワにドーピング違反の疑いが生じたのは2022年2月の北京五輪中。その後、さまざまな手続きを経て2024年1月にスポーツ仲裁裁判所から「4年間の資格停止」という裁定が出るまでの経緯が本には詳細につづられています。ワリエワが禁止薬物を摂取したという事実は間違いないですか?
河西 ワリエワの検体に禁止薬物・トリメタジジンが混入していたことは事実です。狭心症など心臓病の治療に使われる薬物で、血管拡張による血流促進効果があり、運動選手の持久力と回復力向上の効果が期待できるとして、2014年に禁止薬物に指定されています。
──ドーピング違反は、当初からワリエワ「個人」の疑惑であり責任とされている印象を受けます。コーチやチームの関与については、どのように扱われたのでしょうか?
河西 ワリエワが最初に事情聴取を受けた際に、自分の意思で摂取していないと主張する一方で、「祖父が服用していた薬が混入した可能性がある」と説明したことで、調査対象がワリエワ個人にフォーカスされたという背景があると思います。
もう一つ、シェルバコワやトゥルソワといった同じクラブの選手からは反応が出ていなかったことも、ワリエワ個人が主要な調査対象になった理由の一つです。
今野 調査の過程で、コーチや、クラブに常駐していた医師なども聴取されてはいます。しかし彼らは、明確に関与を否定しています。
河西 とはいえロシアは国家ぐるみでドーピングを繰り返してきた歴史があります。また今回、15歳の少女が、医薬品の効用を理解した上で自ら摂取して競技に活かそうとするだろうかと考えると、一般論としては考えにくい。クラブには選手の管理責任もあるはずです。
だからこそわれわれは当事者に直接話を聞いてみたい、聞かなければならないという使命感でロシアに行きました。
──ワリエワにモスクワでインタビューされました。印象はいかがでしたか?
河西 われわれが取材した2023年は軍事侵攻下、つまり日本の感覚で言えば戦争中で、なおかつドーピング問題も裁判の決着がついていない時期でした。そういう時期に海外のジャーナリストの取材に本人が答えるのは、きわめてセンシティブなことです。
ドーピングに関する質問には、すごく時間をかけて言葉を選びながら答えていたという印象です。15、6歳の少女が、ここまで慎重に、用意周到になれるのかと驚くほどでしたね。彼女は一貫して、禁止薬物を自覚的に摂取していないということを語っています。