なぜ、このような暴言を吐く人物が総領事なのか

 そして中国において、要人、政治家の暗殺というのは実際、冗談ではなく頻発している。習近平は何度も暗殺未遂に遭っているとされ、暗殺をおそれていると言われている。李克強元首相の水泳中の急死も、暗殺だという噂も根強い。

 しかも、安倍暗殺事件の本当の犯人は山上徹也被告ではなく、中国が陰で糸を引いている、などという陰謀論が一部で出るくらい、中国では要人暗殺がしばしば起きていると信じられている。

 57歳の、本来なら分別盛りの外交官が、こういう発言をした場合、世間は様々な憶測をするだろう。一つは、中国なら本当に高市暗殺をやりかねないのではないか、外交部内、あるいは党中央内にそういう空気があるのではないか、という陰謀論。そしてもう一つは、中国はこんな暴言を吐くような低レベルの外交官を日本に派遣するくらい、日本を軽んじている。あるいは、本当に外交部は人材不足で、劣化しているのかもしれない、という想像だ。

 私はこの中国外交部劣化説が、今回の事件の本質だと思っている。

 習近平政権になって、鄧小平時代から継続してきた外国との摩擦を避ける「韜光養晦(とうこうようかい)」路線から、攻撃的ないわゆる「戦狼外交」に転換したことはご存じだろう。

 韜光養晦とは、野心や才能を隠してより大きな実力を養うという意味で、いわば能ある鷹は爪を隠す式で、米国などの先進国から資金や技術の支援をうけながら経済発展を遂げ、大国化してきた中国の改革開放時代の外交戦略だ。このころの外交官は流暢な英語と洗練された物腰、知的なウィットで欧米外交官、政治家たちを魅了し、各国政府を中国への協調路線に導くのが任務だった。

 だが習近平が中国トップに就任したのち、すでに中国は十分に大国となり、その実力を隠す必要はなく、むしろ誇示し、米国はじめ先進国から舐められないようにするべきだという考えに転換した。

 そうした外交転換がより顕著になったのは2017年ごろだ。その年に公開された中国の愛国解放軍宣揚映画『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』にちなんで、この呼び名が定着した。

 このころ、いわゆる戦狼外交官たちが海外のメディアやSNS上で西側の外交官らしからぬ攻撃的でときに下品な言葉で外国の政府関係者や外交官とバトルを演じてみたり、あからさまな上から目線で、あたかも相手の無知を叱りとばすような言動で、中国の一方的な主張を展開したりしていた。

 そして、そうした戦狼外交官ほど出世するようなムードになっていった。たとえば、趙立堅はパキスタン大使館勤務時代にスーザン・ライス元大統領補佐官とウイグル問題に関してSNS上で罵倒合戦をして注目をあびた後に、外交部報道官、報道局長という出世コースにいきなり乗った(だがなぜか、2023年に左遷させられた)。

 戦狼姿勢に転換して一番出世したのはもちろん中国外交のトップに君臨している王毅・外相(兼中央外事工作委員会弁公室主任)だ。ほかにも華春瑩、劉暁明、盧沙野といった外交官が戦狼外交で知られ、順調に出世街道を歩んでいる。

 そして、こうした戦狼スタイルが外交部の主流になってくると、従来の洗練された協調型外交官が排除されてきた。