新しい標識が取り付けられる群馬県高崎市大八木町の交差点。(2025年9月29日穐吉撮影)
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交差点内で歩行者や自転車等と車両が交錯しないように、青信号の時間を分ける「歩車分離式信号機」。従来の信号のように、横断歩道を横断中の歩行者に右折や左折をする車が衝突するような「人対車」の交通事故を抑止する効果は認められているが、全国の整備率は約5%に過ぎず、浸透しているとは言い難い。そうした中、警察庁は今年、分離信号をめぐる指針を改め、設置条件が緩和されることになった。こうした改革の裏には、名も知れぬ人々の多くの努力と願いがある。マイカー王国・群馬県で息子を亡くし、「分離信号があれば」と自らを鼓舞し、普及を訴えてきた母親の10年を振り返る。

(穐吉 洋子:フリーカメラマン、ライター)

歩車分離信号に切り替わった交差点でガッツポーズ

 まだ残暑が厳しかった9月29日。

 紺色の登山用リュックを背負った黒崎陽子さん(58)は、群馬県高崎市の大八木町交差点に立った。設置されたばかりの歩車分離信号がある。歩行者用のボタンを弾むように押し、道路幅9メートルの横断歩道を歩く。半分ほど過ぎた頃、黒崎さんはガッツポーズをした。背中のリュックには、あの日の息子の持ち物が詰まっている。

「この信号だったら命があって安全に渡れたんだよ。お母さん、涼太が渡れなかった交差点、渡ったからね」

歩車分離信号が設置された交差点を歩く黒崎陽子さん(右)、長谷智喜さん(中)、長谷川佐由美さん(左)。群馬県高崎市大八木町で(2025年9月29日穐吉撮影)

 歩車分離信号とは、歩行者等の横断と車両の通行が交錯しないように青信号のタイミングを分ける信号機のことだ。県道と市道が交差する大八木町交差点は、近隣の小中学校の通学路であり、朝は高崎市街地やJR北高崎駅に向かう通学の自転車が集中する。大型スーパーや人気飲食店、ガソリンスタンドがそばにあり、車両の往来は絶えない。

 その交差点にこの日、待望の歩車分離信号が導入された。車道の信号機には「歩車分離式(押しボタン式)」の標識、歩行者用信号機の電柱には黄色い押しボタン箱が計8個。現場ではクレーン車3台が駆り出され、歩車分離信号への切り替え工事が手際よく進んだ。

 今から10年前の2015年7月19日、黒崎さんの一人息子、涼太さん(当時13)はこの大八木町交差点で事故に遭い、帰らぬ人となった。中学2年生の夏休みに入ってすぐの朝、部活に出るためにいつも通りに自転車で家を出た。

 所属する山岳部でそろえたTシャツと短パンを身につけ、背中のリュックサックには弁当、水筒、夏休みの宿題などが詰め込まれていたという。交差点は自宅から約2キロ先。その横断歩道の自転車横断帯を青信号で渡っていた時、左折してきた10トントラックが襲いかかった。