ドガ初期の傑作が見逃せない

 そして本展最大の目玉は何といってもエドガー・ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》だろう。ドガ初期の代表作として知られ、今回が初の来日となる。作品には室内劇を思わせる物語が潜んでおり、その読み解きが楽しい。

 作品の舞台は1858年のイタリア・フィレンツェ。当時、パリを離れてイタリアで美術を学んでいたドガは、フィレンツェに住む叔母ローラ・ベレッリの家を訪ねた。ドガはベレッリ一家の肖像画に着手し、完成まで約10年を費やす大作となったが、“幸福感に満ちた家族の肖像画”とはならなかった。

 画面全体に不穏な空気がただよっている。叔母ローラの父(ドガの祖父)が亡くなり、ローラは黒衣に身を包んで喪に服しているが、「不穏」を感じる理由はそれだけではない。当時、叔母ローラと夫であるジェンナーロ・ベレッリ男爵は不仲だったとする説があり、それはおそらく事実であろう。ドガは夫妻の不仲を感じ取り、その空気感を絵画のなかに表現した。

 叔母ローラと2人の娘ジョヴァンナとジュリアは安定した三角形の構図で描かれているが、ベレッリ男爵は画面右端に孤立。一家の主のはずなのに、その姿はどことなく窮屈そう。横顔は見えるものの表情ははっきりとしない。男爵が座る椅子の下に寝そべる犬は、頭部がキャンバスの端で不自然に切り取られ不気味な印象。男爵の前にあるロウソクは火が消えてしまっている。こうした要素はベレッリ家が喪に服していることを示しているとも考えられるが、作品の不穏で奇妙なムードを強めていることは間違いない。

 2人の娘の描き分けにも注目を。長女ジョヴァンナは背筋をのばして直立し、行儀のよさをうかがわせる。一方、次女ジュリアはいたずらっ子だったらしく、ドレスの中で脚を組み、片足を前に投げ出している。ドガの卓越した人間観察力を実感する名品。よくぞ、日本に来てくれました。

「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」
会期:開催中~2026年2月15日(日)
会場:国立西洋美術館[東京・上野公園]
開館時間:9:30~17:30(金、土は〜20:00)※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、11月4日(火)、11月25日(火)、12月28日(日)〜2026年1月1日(木・祝)、1月13日(火)(ただし、11月24日(月・休)、1月12日(月・祝)、2月9日(月)は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.orsay2025.jp