今年のノーベル物理学賞を受賞した3氏(10月7日ストックホルムで、写真:TT News Agency/アフロ)
今年のノーベル物理学賞はジョン・クラーク(John Clarke、1942-)、ミシェル・H・デヴォレ(Michel H. Devoret、1953-)とジョン・M・マーティニス(John M. Martinis、1958-)の3博士に対して授与されました。
研究の内容は、「電気回路における巨視的な量子力学的トンネル効果とエネルギーの量子化の発見(for the discovery of macroscopic quantum mechanical tunnelling and energy quantisation in an electric circuit.)」です。
この受賞を「量子コンピューターの基礎」云々と書く紹介記事が世の中の大半ですが、それは当たらずといえどもややピントがボケています。
「量子コンピューター」の基礎確立の業績でノーベル物理学賞を受けるべき人は日本の中村泰信さん(東京大学工学部)で、今回の授賞はそのための「太刀持ち、露払い」的な意味合いを持つと言えるでしょう。
健康さえ保てば、中村さんは近い将来、間違いなくノーベル物理学賞を手にされることを予言しておきます。
どうしてそのようなことが言えるかというと、実は今回の受賞業績、専門の言葉を使えば「ジョセフソン接合の人工的な量子化」は、私が大学4年生の時、東京大学理学部物理学科・小林俊一研究室(当時)で、小森文夫助手(当時、現・東京大学物性研究所名誉教授)にご指導いただき取り組んでいた、まさにそのものずばりの実験だからです。
この業績が持つ意味は、単に「量子コンピューターの基礎」だけに留まるものでは全くないことを、平易に解説したいと思います。
夢の「ジョセフソン計算機」時代
この受賞に対して、当のクラーク博士自身が40年前に終えた自分の研究が科学界で最も権威ある賞に値することに「信じられない様子」だったと報じられています。
「本当に驚いている。私たちは当時、これがノーベル賞を受賞する根拠になるとは、全く思っていなかった」
正直、40年前にこの実験を本郷の東京大学・理学部4号館で行っている時、私が「未来のノーベル物理学賞受賞の実験そのもの」を扱っているなどという意識は、微塵も持っていませんでした。
受賞者のなかで一番若いマーティニス博士(68歳)がグーグルの量子コンピューター部門を率いたことは、より基礎を掘り下げる受賞に一役買ったかもしれません。
マーティニス、デヴォレの両氏は揃ってカリフォルニア大学バークレー校クラーク研究室のメンバーでした。
デヴォレ氏がポストドクター研究員、マーティニス氏はいまだ大学院生時代、1985年に公刊されたこのリンクの業績(Energy-Level Quantization in the Zero-Voltage State of a Current-Biased Josephson Junction )が今回の授賞の対象とされました。
私はこのペーパーを理学部物理学科の大学3年次在学中、指導教官の小林俊一先生のご示唆で読みました。
3年次終わりの春休み、考えがあって、いきなり予告もなしに小林研を訪ねた私に、小林先生が手渡してくださったのは、小森文夫さんとの共著で岩波書店「科学」に掲載された「量子力学と摩擦」という解説でした。
そこに挙げられた参考文献か、さらにその参考文献か忘れましたが、超伝導界隈ではよく知られたクリーンヒットの業績で、これ以降「夢のジョセフソン計算機」作り、という標語が生まれたように思います。
ただ、当時はそれがこんなふうに実現するとは、誰も思っていなかったように(今思うと)感じます。