「億り人」の投資術に再現性はあるか?(写真:frantic00/Shutterstock.com)
(頼藤 太希:Money&You代表取締役/マネーコンサルタント)
筆者は仕事柄、「これから投資を始めたい」という初心者の方から、数十年も金融業界にいらっしゃる投資のプロまで、さまざまな方とお話しさせていただく機会があります。そこで感じるのは、投資で成功を収めている人とそうでない人との「投資の解像度」の差です。
「投資の解像度」を上げるためには、「投資理論」「行動経済学」「地政学」「リスク管理」の4つの視点を学ぶ必要があります。
その4つの視点を体系的に学び、鉄壁の投資術を身に付ける一冊として、8月29日に『投資の解像度を上げる 超インフレ時代のお金の教科書』をクロスメディア・パブリッシングから上梓します。
今回は本書の中から、行動経済学について取り上げます。
「億り人」「投資系インフルエンサー」がすごそうに感じる理由
世にあまたある投資メディアで話題になるのが、投資で1億円以上の資産を築いた「億り人」。映画『おくりびと』のタイトルをもじってこう呼ばれています。
人は、お金を稼ぐ難しさを知っています。なので、1億円以上の資産を築いているお金持ちに憧れがあります。人は権威に引かれる傾向があるので、億り人の話というだけですごいと思ってしまいます。
すごそうに感じてしまう理由は、行動経済学で説明できます。これには「概念メタファー」と「パワーオブビコーズ効果」が関係しています。
ある抽象的な事柄を、別の具体的な事柄でたとえて理解することを「概念メタファー」といいます。メタファーとは「暗喩」のこと。もともとは認知言語学といって、ものの認知と言語を一体化してとらえる学問の言葉です。
たとえば「時間」という目に見えない抽象的なものが、「時間を稼ぐ」「時間を浪費する」などと「お金に関する言葉」でたとえられるとわかりやすくなる、という具合です。
高級な腕時計の広告の写真で、時計が垂直に写っているのは、垂直のものから人が権威・出世・優位性といったイメージを抱くからです。権威・出世・優位性という抽象的な事柄を時計の写真で表現している、というわけですね。
高級な水のボトルが細長くなっているのも、細長いほうが高級感を演出できるからです。また、高級なものだから値段が高いのではなく、値付けをあえて高くすることで高級だと錯覚させる「プラシーボ(偽薬)効果」も知られています。実際には高級でなくても、高級感が演出できれば「すごい」と人は勘違いしてしまいます。
投資でも単に「米国株」などと抽象的に言うよりも「S&P500」「GAFAM」「FANG+」などと具体的に語っているほうが、「この人は実際に投資をしていて、投資のことがわかっているな」と感じられるでしょう。「◯◯が値上がりするでしょう。なぜなら、△△だからです」と、もっともらしい理由をつけて説明されれば、「そうか、すごいな」と納得してしまいそうです。
さらには「もっともらしい」理由である必要もありません。理由をつけると説得力が増す「パワーオブビコーズ効果」により、人間は納得してしまう傾向にあります。
米国の心理学者、エレン・ランガー氏が1978年に発表した論文にあるコピー機の実験が有名です。コピー機の列に並んでいる人に「先に5枚コピーを取らせてください」と言ったときよりも、「コピーを取らなきゃいけないので先に5枚コピーを取らせてください」や「急いでいるので先に5枚コピーを取らせてください」と言った場合のほうが、譲ってくれる可能性が高くなるというものです。
「コピーを取らなきゃいけないので」は、先にコピーを取る理由にはなっていないのですが、譲ってくれる確率が上がるという不思議です。「理由がある」だけで人は納得しやすい傾向にあることを示しています。
人は権威にも弱いので、億り人や権威ある専門家、影響力の大きなインフルエンサーが「△△だから次に値上がりする株はこれ!」などと話していたら、「パワーオブビコーズ効果」や「概念メタファー」と相まって、思考停止に陥ってしまい、論理的な思考ができなくなる可能性が高まります。
それを鵜呑みにして投資し、損をしても責任をとってくれるわけではありません。

