「AIレースで勝利する」と題したサミットで演説中のドナルド・トランプ大統領にいいねサインを送るNVIDIAのフアンCEO(7月23日ワシントンDCで、写真:ロイター/アフロ)
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 7月中旬、米国の対中半導体戦略を揺るがすニュースが世界を駆け巡った。

 米半導体大手エヌビディア(NVIDIA)が、トランプ米政権から高性能AIチップ「H20」の中国向け販売を再開する許可の確約を得たと発表したのだ。

 今年4月に米商務省がH20の輸出に事実上の制限を課して以来、わずか3カ月での劇的な方針転換である。

 この電撃的な合意の背景には、窮地に立たされたエヌビディアのジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)によるトランプ大統領への直談判と、技術覇権を争う米中両国の複雑な思惑が透けて見える。

何が起きたのか:規制からの急転換、販売再開へ

 7月14日、エヌビディアは声明を出し、トランプ政権からH20チップの対中販売ライセンスが付与されるとの確約を得たと明らかにした。

「間もなく納入を開始したい」とし、この時点でライセンス取得に向けた申請手続きに入ったことを明らかにした。

 この動きは、フアンCEOがその前週にトランプ大統領と会談した直後のことだった。

 H20は、エヌビディアが米国の輸出規制を回避するために、最先端チップの性能を意図的に落として開発した中国市場向けのGPU(画像処理半導体)だ。

 しかし、トランプ政権は今年4月、このH20さえも規制対象とし、輸出のための個別ライセンスの取得を義務化した。

 これにより事実上、中国市場でのH20販売が困難になり、同社は45億ドル(約6500億円)もの在庫評価損を計上する事態に追い込まれていた。

 今回の合意は、この厳しい規制措置からの180度の方向転換を意味する。

 さらにエヌビディアは、米国の輸出規制に完全に準拠した、より性能の低い新チップ「RTX PRO」も発表。規制の枠内で中国ビジネスを継続するための多角的な戦略を推し進める姿勢を鮮明にした。

 その旺盛な需要を裏付けるように、7月29日にはエヌビディアが半導体受託生産大手の台湾積体電路製造(TSMC)に対し、H20チップを新たに30万個発注したと英ロイター通信が報じた

 これは既存の在庫のみで対応するとしていた当初の方針を転換する動きだ。

狙いは何か:崖っぷちのエヌビディアと米中両国の計算

 米政府による方針転換の最大の立役者は、フアンCEO自身だ。

 米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)などによると、同氏はトランプ大統領との会談で、「米国企業が世界のAI分野を支配するためには、中国を含むほとんどの地域に自由に技術を販売できるようにすべきだ」と説得を試みたという。

 フアンCEOにとって、中国市場の立て直しは喫緊の課題だった。

 一連の米国の規制により、かつて95%を誇ったエヌビディアの中国AIチップ市場におけるシェアは50%にまで急落。その間隙を縫って、中国の華為技術(ファーウェイ)などが国産チップで猛追していた。

 フアンCEOは「150億ドル(約2兆2000億円)の売上機会を失った」と語っており、今回の直談判は、失地回復に向けた最後の賭けだったといえる。

 一方のトランプ政権にも、エヌビディアの訴えを受け入れるメリットがあった。

 米中両国は、中国によるレアアース(希土類)輸出規制の緩和と、米国による技術輸出規制の緩和を含む予備的な貿易の枠組みに合意したばかり。

 今回のライセンス承認は、この貿易協議における米国側の「善意のジェスチャー」と見て取れる。

 国家安全保障を盾に強硬姿勢を貫いてきたトランプ政権にとって、これは極めて例外的な措置であり、今後の交渉を有利に進めるための戦略的な一手との見方が強い。