公需による民需の圧迫で高インフレが定着する恐れも
そもそも基本的な理解として、公需には民需を圧迫する効果(クラウディングアウト効果)がある。ヒト・モノ・カネといった生産要素は有限なため、公需を増やせば、公需と民需でヒト・モノ・カネを食い合うことになる。その結果、生産が後回しになる民需向けのモノやサービスの価格は上昇し、高インフレが定着する。
確かに、公需には乗数効果(家計の所得増や個人消費の増加につながる効果)があるが、現在のドイツのように、供給のボトルネックが意識されている環境の下では、マクロ的には乗数効果よりもクラウディングアウト効果が勝る恐れも出てくる。景気の実勢に比べても強いインフレが定着すれば、それはすなわちスタグフレーションである。
インフラ投資は将来的な経済成長につながるものだが、片や防衛投資は民需部門の健全な発展を抑えつけるものでもある。現にロシアでは、ウクライナとの間で交戦中だということもあるが、軍需が膨張し、民需部門を強く圧迫している。その結果、経済成長率は高まっても、国民の多くはその数字に見合う豊かさを全く享受できていない。
なお、インフラ投資はともかく、防衛投資に関しては次期総選挙の動きにも左右されよう。ドイツの次期総選挙は2029年3月までに行われるが、親ロの立場をとる右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が仮にさらなる躍進を遂げた場合、現在のロシアを念頭に置いた防衛体制の拡充路線が見直される可能性も否定できない。
不調が続くドイツ経済に求められる処方箋は、需要の刺激ではなく供給の刺激であり、その意味では「大きな政府」ではなくて「小さな政府」を目指すことにある。このように整理すると、ドイツが拡張型予算を施行するからといって、ドイツ景気の回復に弾みがつくと考えるのは、楽観的過ぎる見方だといえるのではないか。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。