トランプ大統領からの圧力がかかる米ハーバード大(写真:VCG/アフロ)
(西田 亮介:日本大学危機管理学部教授、社会学者)
圧力から始まった研究人材の獲得競争
「トランプ2.0」の影響をアメリカの大学は直接に受けている。そこには学問の自由も、大学の自治への配慮も到底認められないのである。
現在のアメリカ政府は、民主党的なもの、すなわち 「DEI」≒「『ダイバーシティ(Diversity):多様性』、 『エクイティ(Equity):公平性』、『インクルージョン(Inclusion):包括性』」を想起させる競争的研究費、予算、プログラム、留学生等を大胆に制限しようとしている(この話にはハーバード大学の学生団体が連帯してイスラエルのガザ侵攻に対する声明を発表し政権を苛立たせるなど「前哨戦」もあるが、本稿では詳細は割愛する)。
大学と高等教育、研究開発はアメリカの国力の源泉であることは自明に思われたが、しかしこれまた想像がそれほど難しくないがトランプ大統領にかかれば大学も例外ではなかった。
とくにリベラル色が強い大学は厳しい対応を受けている。米政府に対して厳しい対立姿勢を示したハーバード大学はその代表例だ。
G7サミットへ向かうトランプ米大統領(写真:ロイター=共同)
ハーバード大学によれば、米政府は当初発表した22億ドルもの資金凍結に加えて、さらに10億ドルの助成金の凍結を検討し、ハーバード大学の運営に関する数々の調査を開始し、留学生の滞在や教育を脅かし、ハーバード大学の非課税認定の取り消しを検討しているようだ(ハーバード大学「Upholding Our Values, Defending Our University」)。
「検討」や「調査」を通じて、ハーバード大学は米国政府による強力な監督下におかれ、大学運営の自主性を相当程度制限されかねない状況だ。
こうした厳しい政権の眼差しは他大学にも向けられている。
アメリカは巨大な資本の力によって、世界中から優秀な研究人材、高等教育人材を吸い寄せているが、政治的な不確実性の高まりやDEIを巡る対立の激化は、研究活動の自由や生活の安定を求める人々にとって、アメリカでキャリアを追求することへの大きなリスクとなりつつある。
一方で、米国以外の国からすれば千載一遇の好機ともいえる。
滞在や研究が困難になった現役の研究者のみならず、ジュニアの研究者や大学院生の受け皿となることで優秀な人材を獲得できるかもしれないからだ。
現に各国が獲得合戦を繰り広げている。
カナダは、以前から「カナダ150リサーチ・チェア・プログラム」などを通じてトップレベルの研究者を世界中から招聘してきたが、昨今の米国の状況を受けて、特にアメリカ国内で活動する研究者へのアプローチを強化している。
英国もまた、ブレグジット後の科学技術力低下への懸念から、「グローバル・タレント・ビザ」のような制度を整備し、優秀な研究者の獲得に躍起だ。米国の政治的混乱は、中国にとってかつて海外に流出した自国の優秀な人材を呼び戻す絶好の機会となっている。
こうした国際的な人材獲得競争の舞台に、日本も否応なく立たされている。
東大や東北大、阪大などのいわゆる世界的な研究大学を皮切りに、私立大学も含めて実態は今のところはっきりしないが様々なかたちで各大学の独自の提案が出されている。
独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の調べによれば、6月19日の時点で、国内117の大学が何らかの支援を表明しているという。
◎JASSO「大学における支援策」
例えば大阪大学医学系研究科は6億円以上の自己財源により、100名程度の研究員受け入れ体制を構築することを表明した。
◎大阪大学「米国大学留学生・研究者の学修・研究の継続を支援します ―医学系研究科では6億円以上の自己財源により100名程度の研究員受入れ体制を構築―」
だが、政府が打ち出した方針がいただけない。
大学ファンドを活用して、海外研究者を日本に招聘するというのだ。その規模として1000億円を活用するのだという。
◎海外研究者を日本に受け入れ 政府「大学ファンド」活用の方針 | NHK
◎海外研究者受け入れへ1000億円 政府が緊急パッケージ、米国念頭に - 日本経済新聞