貴重な肉筆画が見逃せない

 これらの蔦重が手がけた錦絵は本展の見どころの一つである。だが、摺物は複数枚が現存し、ほかの美術館に同じ作品が収蔵されているケースも多い。そこで出品作の中から、千葉市美術館に足を運んだなら絶対に見てほしい「肉筆画」を紹介したい。

 役者の似顔で一世を風靡した勝川春章による《婦人風俗十二ヶ月 正月》と《婦人風俗十二ヶ月 雛祭》。「婦人風俗十二ヶ月」は12か月の風俗を題材にしたシリーズもので、《正月》は羽根つきに興じる女性が、《雛祭》はひな飾りの準備をする3人の女性が描かれている。どちらも穏やかなムードが特徴。細かく描き込まれた着物の柄に、春章の画力の高さが表れている。

「江戸の名プロデューサー 蔦屋重三郎と浮世絵のキセキ」展示風景。勝川春章《婦人風俗十二ヶ月 正月》完成元〜4年(1789〜92)頃 千葉市美術館蔵

 喜多川歌麿《朝顔を持つ美人画》《納涼美人図》、鳥文斎栄之《朝顔美人図》の3点が並ぶ展示ケースは、本展のハイライトと言いたくなる麗しさ。歌麿《朝顔を持つ美人画》は、格式高い髪型とされる兵庫髷の遊女が、禿に背負われた幼女に朝顔を手渡す場面。仕事前のくつろいだひとときだろうか。華やかな色彩をあえて使わない「紅嫌い(べにぎらい)」の手法が用いられており、和やかで親密な空気を醸し出している。一方、《納涼美人図》は紅が効いた艶やかな作品。足を崩したしどけないポーズが何とも色っぽい。

「江戸の名プロデューサー 蔦屋重三郎と浮世絵のキセキ」展示風景。鳥文斎栄之《朝顔美人図》寛政7年(1795)千葉市美術館蔵

 鳥文斎栄之《朝顔美人図》は朝顔の花の下で、うちわを持って涼を取る遊女がモデル。歌麿《納涼美人図》とよく似た構図で、栄之の作品は歌麿よりも落ち着いた印象を受ける。浮世絵美人画を愛好した平戸藩主松浦家に伝わった一枚で、画面右上には樋口信孝卿がしたためたという短冊が貼り付けられている。

「江戸の名プロデューサー 蔦屋重三郎と浮世絵のキセキ」喜多川歌麿《祭りのあと》天明期 個人蔵、アンリ・ヴェヴェール旧蔵

 展示作品は千葉市美術館のコレクションが中心だが、追加で大きな楽しみが用意されている。近年発見された喜多川歌麿の肉筆画《祭りのあと》(個人蔵、アンリ・ヴェヴェール旧蔵)の特別公開だ。天明期に制作されたと考えられる初期の希少な肉筆画で、墨一色でありながら情感あふれる描写に、後に名を馳せる歌麿の力量を感じる。ぜひお見逃しなく。

 

「開館30周年記念 江戸の名プロデューサー 蔦屋重三郎と浮世絵のキセキ」
会期:開催中~2025年7月21日(月・祝)
会場:千葉市美術館
開館時間:10:00~18:00(金・土は〜20:00) ※入場は閉館の30分前まで
休室日:月曜日(7月21日は開室)
お問い合わせ:043-221-2311(ハローダイヤル)

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