2017年2月10日、安倍元首相が訪米して行われた日米首脳会談(写真:ロイター/アフロ)
「シンゾーは偉大な友人」と語るほどに、親密な関係を築いていた安倍晋三元首相とトランプ大統領。その信頼関係は、現在の高市政権にも影響を与えている。安倍元首相がトランプとの距離を縮めながらも、自身の政策を実現させるためにとった日米首脳会談での行動を振り返る。(JBpress編集部)
(河浪 武史、日本経済新聞社ワシントン支局長)
※本稿は『円ドル戦争40年秘史 なぜ円は最弱通貨になったのか』(河浪武史著、日本経済新聞出版)より一部抜粋・再編集したものです。
2017年2月10日、首相の安倍晋三はホワイトハウスの大統領執務室であるオーバルオフィスに出向いた。
安倍はこの日のために、わざわざ金色のネクタイを用意して締めていた。金色は17年1月20日に米大統領に就いたばかりのドナルド・トランプが最も好む色である。
トランプは執務室やレジデンス棟のカーテンを就任後にすべて金色に変更した。
私はこの日、イーストルームで両首脳の記者会見に参加した。
問題を切り分けたい安倍と貿易赤字を是正したいトランプ、日米首脳会談での両者の思惑
安倍はこの日の日米首脳会談で、トランプの不規則発言を招いて急激な円高になることだけは避けたいと考えていた。
アベノミクスの本質は円安政策だ。一段の円高は安倍の経済政策の失敗に直結する。
安倍は首脳会談の冒頭、通訳を挟んでトランプと2人だけで話をした。
トランプに対して安倍は、為替問題については日米財務相による専門協議の枠組みで議論することを提案した。
トランプを通貨協議から棚上げすることで大統領が円相場に直接口を出す機会を封じる狙いだった。
安倍は「これからの記者会見では円相場への言及を控えてほしい」とも要請した。
日本の対米経済外交には基本戦略がある。通商交渉を為替問題と切り離し、さらに安全保障とも分離するという2点だ。
1963年から72年の佐藤栄作政権は沖縄返還と繊維摩擦が密接に絡んでニクソン政権と著しく関係が悪化した。
82年から87年の中曽根康弘政権時は貿易摩擦を避けるために円切り上げを容認し、その後の日本経済の長期停滞を招いた。
その二つの苦悩から、通商交渉と為替問題、安全保障を分離する教訓が導き出された。
トランプは貿易赤字の是正を選挙公約に掲げて大統領選を勝ち抜いた。
16年の米国の貿易赤字は7343億ドルと巨額で、対日赤字も689億ドルと中国(3470億ドル)に次ぐ2番目の大きさだった。
「日本は何十年も米国を出し抜いてきた。その理由は通貨安誘導だ。これ以上、為替操作をさせてはならない」とトランプは選挙戦で繰り返した。
トランプは17年1月20日の大統領就任と同時にTPP(環太平洋パートナーシップ)からの離脱を表明し、2国間交渉で各国に貿易赤字の是正策を求めると主張していた。

