地政学リスクよりも需要低迷のインパクト

 ウクライナが6月1日にロシアの軍事基地をドローン(無人機)で大規模に攻撃したことを受け、「両国が停戦合意に達することは困難だ」との観測が広がり、産油国ロシアを巡る状況は依然不透明であることが再認識された。

 トランプ米大統領の消極的な姿勢を尻目に、連邦議会はロシアの原油輸入国に対する制裁法案を早期に成立させようとしていることも波乱要素だ。

 イランと米国の間の核協議も難航している。

 ニューヨーク・タイムズは6月3日「米国はイランに対し、同国のウラン濃縮施設を近隣諸国で共同管理する案を出した」と報じた。これに対し、イランの最高指導者ハメネイ師は「(米国の提案は)イランの国益に反する」と非難し、ウラン濃縮を継続する方針を改めて強調した。

 だが、筆者は「今後は需要面の懸念が相場を主導するのではないか」と考えている。

 米エネルギー情報局(EIA)が6月4日に発表した週間統計でガソリン在庫が市場予想以上に増加したことが「売り」を誘った。ドライブシーズンに入ったものの、米国のガソリン需要は伸び悩んでいる。

 ガソリン需要の4週間平均は日量約879万バレルにとどまり、例年のような需要の伸びが見られない。ガソリン価格は低位で推移しているが、景気の先行き懸念から今年の旅行需要が不振であることが災いしている。

 中国の原油需要も心配だ。

 電気自動車(EV)の大量導入で苦戦しているガソリン需要がさらに減少する可能性が出ている。道路貨物運送分野でEVトラックの導入が進んでいることがその理由だ。4月のEVトラックの販売台数は前年に比べて約3倍となっており、中国の輸送部門の脱石油化は止められない情勢だ。

「第2の中国」と評されるインドの原油需要も期待外れの感がある。

 インドの原油需要は毎年約20万バレルずつ増加し、日量600万バレルに達しているが、世界の原油需要を20年にわたって牽引してきた中国の原油需要の伸びの半分にも満たないのが現状だ。

 経済協力開発機構(OECD)が6月3日、世界経済の今年の成長率を3月時点の3.1%から2.9%に下方修正したように、トランプ関税が足かせとなって世界の原油需要が急減速する可能性もある。

 増産を続けるOPECプラスだが、需要面の不振に直面し、再び減産を余儀なくされるのは時間の問題なのではないだろうか。 

藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。