黄表紙の元祖『金々先生栄花夢』

 黄表紙は、江戸時代に誕生した「草双紙(絵入りの娯楽本)」の一種である。

 草双紙の呼び名は、時期により異なる。

 延宝年間(1673~1681)以降は「赤本」と呼ばれた。表紙は赤く、昔話やおとぎ話をメインとした子ども向けの絵本だった。

 延享年間(1744~1748)には、「黒本」、「青本」と称された。

 黒本も青本も、浄瑠璃のあらすじ、軍記物、怪談などを題材としている(以上、安藤優一郎『蔦屋重三郎と田沼時代の謎』)。

 そして、後世、安永4年(1775)に刊行された『金々先生栄花夢』から、文化3年(1806)の式亭三馬の『雷太郎強悪物語』までの草双紙を、便宜上、「黄表紙」と称する。

 黄表紙の呼称は後世に付けられたもので、当時は「青本」と呼ばれていた(以上、鈴木俊幸『江戸の本づくし 黄表紙で読む江戸の出版事情』)。

『金々先生栄花夢』は、絵入りの大人向けの娯楽小説だ。現代でいうと、漫画に近いという(田中優子『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』)。

『金々先生栄花夢』の簡単な内容は以下の通りである。

 立身出世を夢見て江戸へ向かう金村屋金兵衛(かなむらやきんぴようえ)という若者が、目黒不動の門前の茶屋で注文した粟餅を待っている間に、うたた寝し、夢を見る。

 富商の養子に迎えられ、吉原などの遊里で豪遊するも、勘当されてしまうというところで、夢から覚める。人間一生の栄華も、粟餅一炊のうちと悟って、元いた村に帰ったという。

 なお、「金々」とは、「現代風」、「スマート」といった意味である。

『金々先生栄花夢』以前の草双紙にも、大人向けの内容の読み物がなかったわけではない。だが、『金々先生栄花夢』以後は、大人も楽しめる内容の作品が多くなったという(佐藤至子『蔦屋重三郎の時代 狂歌・戯作・浮世絵の12人』)。

『金々先生栄花夢』の登場と大ヒットを受け、江戸文学界は黄表紙の全盛時代に突入していった。