「一節太郎で非常に恥ずかしい」と語ったやなせ

 ただし、やなせ自身は「手のひらを太陽に」ばかりが注目されることに、残念な思いもあったようだ。ラジオでこんなふうに思いを明かしている。

「ところがですね、その後ずいぶんたくさん作っているんですけど、手のひらを太陽に、だけなんですね、みなさんに知られているのは。一節太郎(ひとふしたろう)で非常に恥ずかしいんですけど」

 一節太郎とは「浪曲子守唄」で大ヒットを飛ばした歌手で、その後は何枚シングルを出しても売れるのはこの一曲ばかり。「元祖・一発屋」とも呼ばれており、やなせは「手のひらを太陽に」しか広く聴いてもらえないことから、自虐的にそう語ったのである。

1988年、地元の人らの寄付などで、高知県旧香北町(現香美市)に「手のひらを太陽に」の歌詞を刻んだ碑が立った(写真:高知新聞社/共同通信イメージズ)

 実は、やなせは作曲家のいずみたくと2人で「1カ月に1曲は必ず作ろう」というノルマを課していた時期があった。それも歌謡曲ではなく「子どもが家庭で歌える歌を作る」というルールも決めて、膨大な数の曲を作っている。

いずみたく氏(1989年撮影、写真:共同通信社)

 このときにやなせが喜んでラジオに出演したのも、せっかく作ったのにあまり聴かれていない歌がかけられるからだった。

「みなさんほとんどご存じないんじゃないかと思う。だから僕、今日すごいうれしいのはね、この歌がいくらかかけられるということで、喜び勇んできた」

 この番組では「手のひらを太陽に」の関連曲にあたる「夕日にむかって」や、かわいい曲ながらも人間社会への批判を込めた「ペンギンのネクタイ」などの曲がかけられることになった。

 やなせの並々ならぬ童謡への思いも、朝ドラ『あんぱん』では表現されるのだろうか。つい「アンパンマンはいつ登場するのだろう」というのが気になってしまうところだが、「作詞家・やなせたかし」の誕生にも、ぜひ注目してみてほしい。

【参考文献】
『人生なんて夢だけど』(やなせたかし著、フレーベル館)
『ボクと、正義と、アンパンマン なんのために生まれて、なにをして生きるのか』(やなせたかし著、PHP研究所)
『何のために生まれてきたの?』(やなせたかし著、PHP研究所)
『アンパンマンの遺書』(やなせたかし著、岩波現代文庫)
『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(梯久美子著、文春文庫)

【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。