高学歴でも発達障害に苦しむ人はいる(写真:PantherMedia/イメージマート)高学歴でも発達障害に苦しむ人はいる(写真:PantherMedia/イメージマート)
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 知的能力に恵まれ、いわゆる「高学歴」と呼ばれる経歴を持ちながらも、社会にうまく適応できず、職場や学校からドロップアウトしてしまう。そんなギャップのただ中で苦しむ発達障害の人々に焦点を当てたのが、岩波明氏(昭和医科大特任教授)の著書『高学歴発達障害』(文藝春秋)だ。

 ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)といった診断名が一般化する一方で、本人の能力や経歴との「ズレ」によって、周囲からの理解が得にくい状況も多々ある。臨床現場の実態と社会が抱える課題について、岩波氏に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

──本書では、高学歴で知的レベルが高いにもかかわらず、発達障害により社会からドロップアウトし、その後、社会復帰を果たした人々について、岩波先生の臨床経験をもとに複数の事例が紹介されていました。特に、印象に残っている患者さんについて教えてください。

岩波明氏(以下、岩波):本書の冒頭に書いた、IT企業で働いているASDの男性が印象に残っています。

 幼少期から青年中期頃までは、学校生活に適応できず、トラブルを起こしては転校を繰り返すという人生でした。彼が私のところに初めて訪れたのは、高校1年生のときのことで、当時は地元の高校に通っていました。

 もともとは違う全寮制の高校にいたそうですが、他の生徒から言いがかりをつけられたことがきっかけで不登校になった後、地元の高校に転入。けれども、その学校も高校2年生の3学期に退学し、通信制の高校に転入しました。

 初診時には「この子はこのまま引きこもりになってしまうのではないか」と感じるほど不安定な状態でした。両親も同様の懸念を抱えていたようです。

 でも、大学進学に対する本人の想いがあり、私立大学の2部の情報処理関連の学科に入学しました。それが、良いターニングポイントだったと感じています。

 ADHDもそうですが、ASDの症状の一つに「早起きができない」というものがあります。授業が午後から始まる大学の2部は、彼の生活のリズムに非常に良く合っていたのだと思います。

 また、本人の口から聞いたわけではありませんが、ひょっとしたら高校生から大学生になる頃に、「このままでは自分の人生はまずいことになる」と気付いたのかもしれません。そういう患者さんは、これまで何度か見たことがあります。

 家族のサポートと、本人の元来の知的レベルの高さもあってか、大学はほとんど欠席せずに通い、成績も優秀でした。もともとプログラムやシステムが好きだったということもあると思います。

 大学卒業後は就職せずに大学院に進学しました。大学院は、1部も2部も関係ありません。それを苦ともせずに、あれよあれよと言う間に修士号を取得して、大手IT企業に就職しました。

 社会に出たら少し厳しいかもしれないと思っていたのですが、それも杞憂に終わりました。一度転職しましたが、キャリアアップのためのポジティブな転職でした。

 今でも定期的な通院と投薬は続けています。けれども、少なくとも現時点では、中学、高校時代の社会への不適応から社会復帰を果たした良例と言えるでしょう。

 もう1人は、ADHDの女性です。