治療をあきらめるという《ゆるやかな自殺》が増える

――3月は自殺対策強化月間ですが、がん患者さんの自殺率はかなり高いものです。

片木 そもそも日本は先進7カ国のなかで自殺率トップです。その中でがんと診断されたことのある自殺者は全体の約5%で7割以上が治療中とされています*1。特に診断後1年以内の自殺が多く、がんではない人の20倍以上の自殺率だという報告があります*2

 緩和ケア領域では、がん患者さんと家族など身近な人には〈全人的苦痛〉があるとされています*3

・身体的苦痛(痛みなど身体症状、ひとりでトイレに行くなど日常の動作の支障)
・精神的苦痛(不安や孤独感、いらだち、抑うつ)
・社会的苦痛(仕事や人間関係、経済的、家庭内の問題)
・スピリチュアルペイン(人生の意味、価値観の変化、死生観、死への恐怖、自らを無価値と感じる)

 これら4つの苦痛は単独で存在しているわけではなく、互いに影響し合って〈全人的苦痛〉となります。ひとつの痛みが増強すれば、別の痛みも強くなる。自己負担額の引き上げが〈社会的苦痛〉をアップさせ、〈スピリチュアルペイン〉も強まり〈精神的苦痛〉につながって……となるわけです。

「自分が生きているだけで家族や社会に迷惑がかかる」と感じてしまう患者さんは、現在でもたくさんおられるのに、です。はっきりした自殺ではなく、治療を止めたりあきらめたりすることで死に至る《ゆるやかな自殺》のようなものが増えるのではないかと、本気で思っています。

 私はこれまで支援者として、経済的な不安や家族に負担をかけて申し訳ないといった相談には、高額医療費制度があるし日本はセーフティネットがしっかりしているんやで、と励ましてきました。その選択肢がなくなったら、どうやって患者さんを支えたらいいのか困り果ててしまいます。

 先日、相談に来られた患者さんは中学生のお子さんがおられるとのことでした。多数回該当にならずに3年後に最大の引き上げが実施されれば、途方もなく家計を圧迫します。そうなったときに子どもさんが「治療を続けてほしいから、大学には行かない」と言うんじゃないかと考えたら、死にたくなると思うとはっきり言われました。治療をやめて、これまで払っていたお金を大学の授業料や仕送りに使いたいと。

 お父さんやお母さんが子どもさんのために死ぬ覚悟を決める。高額な治療を続けなければならない患者さんたちには、そういう未来がもう見えているんです。

 家族に黙って治療をやめる患者さんも出てくるかもしれません。副作用で抜けていた髪は生えてくるし、食欲を取り戻して元気になりますから、家族は「治ったのかな」と思うでしょう。しかし、亡くなってから本当の事情を知ったら、遺族はどんなに傷つくか……。

 また、がんを早期発見、早期治療することで生存率が上がることは、わかっています。でも、がんと診断されたらお金がかかるから病院に行くのが怖いとなれば、否応なく受診控えは増える。もし、早期発見、早期治療によって回復したら、また社会生活に戻って税金も納めるし、経済も回ります。若い人なら子どもを授かることもあるでしょう。経済的な理由で適切な治療を受けない選択をする人が出てくるという損失、悲劇を行政は考えているのでしょうか。

*1 「がん医療における自殺対策の手引き (2019 年度版)」

*2 Yamauchi T, et al. Psycho-oncology: History, Current Status, and Future Directions in Japan(サイコオンコロジー:日本における歴史、現状、今後の方向性) Psychooncology 2014;23(9):1034-41. 

*3 国立研究開発法人 国立がん研究センター「つらさや痛みを軽減する『緩和医療科』 治療の時期にかかわらず全人的ケアを提供」

誰かの損得で考える《分断》ではなく協力を

――これまで公開した私の記事には高齢者、生活保護受給者、外国人の負担をさせられているなど糾弾するコメントが多方面にわたっていて、分断が進むのではと怖くなっています。

片木 本当に多くの方が大変な状況だったり、しんどい思いをされているでしょうが、誰かを悪者扱いしたり、敵に回したりして解決する問題ではありません。たとえば高額医療費に上乗せして医療費を払い戻してくれる付加給付制度がありますね。大手企業の健康保険組合や公務員が加入する共済組合(この場合は〈附加給付〉)など限られた人が受けられる恩恵とも言えますが、その人たちの中にも深刻な病気や怪我、障害などで苦しむ人はいるはずです。シンプルに今回の見直しに憤慨している人もおられるでしょう。

「あの人たちは負担が少ないからわからない」「既得権益を守りたいのだろう」と壁を作るのは、得策ではないと思います。味方に付けて、協力し合って「これは命の問題だ」と声をあげなければ。

 当事者だけではなく、私たち一人ひとりに降りかかる問題であり、未来に関わることです。与党も野党も関係ない、患者や家族・遺族だけでもない、全員の生存権の問題です。

日本国憲法(昭和二十一年憲法)第25条
第1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第2項 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 国民を守るのが国家のはずです。生存権をあきらめさせるような政策はあってはならないのです。