3.戦争抑止の要素

中国人留学生が促進する米中間の相互理解

 現在の米中関係の悪化を見ると、両国間には信頼関係が薄れているように見える。

 しかし、実際に米国に留学し、米国企業で働いている中国人は多い。最近の米中関係悪化を背景に留学生数は2020年以降減少している(2019年37万人→2023年29万人:レコードチャイナ24年1月29日)。

 それでも、中国の人口が日本の約10倍であるのに対して、中国人の米国留学生数は日本人(2022年1万2000人)の20倍以上である。

 日本経済新聞(24年1月16日)によれば、米国トップ10大学のうち7校への留学生数は逆に増加傾向にある(2018年約9500人→2022年約12600人)。

 ちなみに同7校における日本人留学生は約600人とはるかに少ない。

 これだけ多くの若者が中国から米国に留学し、大学卒業後に米国企業で就職する中国人も少なくない。

 このエリート層の分厚い人的交流が米中間の相互理解を生まないはずがない。

 ワシントンD.C.での議論は対中強硬姿勢のバイアスが極端にかかっているため、こうした事実に目を向けようとしない。

 ニューヨーク、ボストン、サンフランシスコなど米国の他の主要都市の見方とは明らかに異なっているのが実情だ。

 このため、米国議会が経済安保を理由に米国企業と中国企業とのビジネス関係を極端に制限すると、ビジネス界から強烈な巻き返しが生じる。

 その結果、実際の政策運営ではビジネスに対する規制を緩和せざるを得ない状況が続いている。

 つい最近も中国企業との取引を制限するエンティティリスト規制の抜け穴の存在が暴露された(拙稿「米国の対中強硬政策には裏もある、貿易削減効果は期待外れ」(JBpress 9月18日)参照)。

 この事実から見ても、米中両国のビジネス関係者の間には切っても切れない緊密な関係がすでに成立しており、外交安保の力で分断しようとしても分断できなくなっている。

 こうした強い連携の土台は、今も続く多くの中国人留学生と卒業後に米国で働く中国人たちが支えている。

 戦後、日米関係は劇的に改善したが、日本から米国への留学生数が1万人を超えたのは1970年代後半、2万人を超えたのは1980年代後半であると推計されている。

 その後1990年代は4万人を上回っていたが、2004年以降急速に減少した(東京大学 船守美穂「日本人の海外留学と日本経済―日本人は内向きになったか」)。

 コロナ前の2019年は1万8000人、2022年は1万2000人にとどまっている。

 日本から米国への留学が急増し始めた時期は円高が進み、留学費用を負担できる経済力が高まったことが大きな要因であると考えられる。

 中国から米国への留学生数が急増したのは2008年以降であるが、これも人民元の対ドルレートが急速に元高になった時期とほぼ一致している。

 日本人の米国留学が増加したのは今から約40年前であるのに対して、中国人の米国留学急増は15~16年前である。

 今後、中国人の米国留学経験者は中国の政治・経済・学術研究等各分野で増加し続ける。

 このことを考慮すれば、中国において米国人との交流経験者の影響力は高まり続ける。

 それは米中両国間の相互理解、相互信頼の増進に寄与するはずである。