近鉄はパ・リーグ球団に根回しをして概ね了承の意向を取り付けていたが、2004年1月末に朝日新聞がこれをスクープすると、読売巨人軍の渡邉恒雄オーナー(当時)が反対の意向を表明、川島廣守コミッショナーも「野球協約に照らして問題あり」という見解を示した。
近鉄の「プロ野球撤退」から始まった球界再編
窮地に陥った近鉄は、水面下で球団売却に動いたが、これも不調に終わり、ついに「プロ野球からの撤退」を決めた。そのタイミングで同じく球団経営の赤字に苦しむオリックスが声をかけて、近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの「合併、経営統合」が決まった。
一方、同じパ・リーグの西武ライオンズや千葉ロッテマリーンズも他球団との「合併、経営統合」を考え始めた。これらの球団も経営難に苦しんでいたのだ。
実は、こうしたパ・リーグの球団の「再編」を、背後で画策していたのは読売巨人軍の渡邉恒雄オーナーだ。
渡邉オーナーは、2リーグ12球団のNPBを1リーグにし、巨人中心の「野球人気」を再び盛り上げようという構想を持っていた。
2003年オフに、日本ハムが東京ドームから札幌ドームに移転する意向を発表した際には、北海道を準フランチャイズとする西武ライオンズが強硬に反対したが、渡邉オーナーは、西武の堤義明オーナーに「1リーグ構想」を打ち明け、西武の反対を取り下げさせた。
2004年の前半は、プロ野球の経営者たちが公然と、あるいは秘密裏に激しく動き回り「1リーグ構想」を実現させようと画策していたのだ。