『狭衣物語』VS『源氏物語』
文学が盛り上がるとともに、批評本も登場した。展覧会には『無名草子』が出展されており、内容の一部を現代語で紹介している。鎌倉時代初期に成立した史上最古の批評文学で、若くして皇嘉門院の母・北政所(藤原宗子)に仕えた老尼と若い女房たちが、平安時代の物語について思うところを述べるというスタイル。これが、意外なほど辛辣で、おもしろい。
例えば、老尼が『狭衣物語』について批評するくだり。「『狭衣物語』は『源氏物語』に次いで素晴らしい作品だと思います。物語冒頭が「少年の春は―」ではじまるのも良く、言葉遣いはどことなく優美で、とても上品ですけど、取り立ててある場面が心に染み入るほど感動的だということもありません。また、そんな筋立てにせずともよいのに…、と思われる箇所もたくさんあります。」
持ち上げて、突き落とす。老尼の言葉がなんとも手厳しい。一方、『源氏物語』については大絶賛だ。「『源氏物語』以降に物語を書く人は、とても簡単でしょうね。『源氏物語』を頭に入れておけば、『源氏物語』よりも優れた物語を書ける人もいるかもしれません。紫式部は『うつほ物語』、『竹取物語』、『住吉物語』などの物語を見ていただけのはずなのに、あれほどまでの物語を書くことができたのは、常人の仕業とは思えません。」
『源氏物語』は書かれた当時から、「別格の扱いだったのだな」と改めて実感。この展覧会でも『源氏物語』の美術を特集した1室が設けられている。国宝 俵屋宗達『源氏物語関屋澪標図屏風』を筆頭に名品がずらりと並ぶが、今回は近年新たに発見され本展が初公開となる土佐光起『紫式部図』が目を引いた。やまと絵の名手・土佐光起が紫式部の肖像を描いた作品で、紫式部が石山寺で琵琶湖に映る月を見て、手に筆をとり『源氏物語』を書き始めたという伝承に基づいている。