「鄧小平的な改革開放路線に転換」は幻想

 これは中国の伝統的な「戦時思考」といえる。中国の伝統的戦時思考から80年代に脱却して平和思考に転換しようとしたのが鄧小平であり、改革開放路線といえる。つまり、国際社会に溶け込もうという方向性で、対外開放のために沿海部、東部を発展させ、国際化させていった。

 こののち、毛沢東時代につくられた大量の三線時代の内陸国有企業が閉鎖され、主な企業、経済が東部、沿海部に回帰。90年代には三線地域に拠点を置く大企業はほとんど存在しなくなった。

 その後、胡錦涛時代に東北振興や西部大開発といった地域振興策が打ち出されたことがあるが、これは三線建設とはまた違う。東北振興などは日本など外国企業も積極的に協力した。結果的にこうしたプロジェクトも大成功とはいかなかった。へき地や内陸部への産業移転というのは、そんなに簡単なものではないのだ。

 そうだとすると、習近平が今後打ち出すとみられるこの種の都市・産業の移転政策は、なおさらうまくいくとは思えない。企業や消費者の利益度外視の強制的、恫喝的移転となり、少なくとも市場経済原理にのっとった発展、経済的成功は望めない。ひょっとすると新たなゴーストタウン都市を生み出すことになるかもしれない。

 そういうわけで、9月、10月と珍しくまともな経済金融政策だと注目されている大規模景気刺激政策を、習近平が毛沢東回帰路線から鄧小平的改革開放路線に転換したシグナルと見るのは危うい。習近平は毛沢東的戦時思考に沿った計画経済回帰色の強い政策を手放してはいない。

 先日、中国が3年で6兆元規模の特別国債発行を準備しているとの報道が出て、中国経済回復へのシグナルか、と期待する声が高まっている。だが、こうした資金も、戦時思考の社会主義経済建設プロジェクトに振り分けられる可能性があるかもしれない。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。