ぶつかってもグラウンドで離れれば親子の関係

 退任後、「総監督」に就任した勇は、時間があればグラウンドに来て、選手の指導もしていたが、文彦がやりにくさを感じるようなことは一度もなかった。親子の気安さで言いたいことが言えたし、勇も気を遣い、「やりたいようにやれ」と部の運営にはいっさい口を出さず、指導も投手だけになっていった。

 クラス担任を持っていた文彦がグラウンドに出るのが遅れる時には練習を仕切ってくれた。あとで「どうでしたか?」と聞くと、選手のことをあれこれ評論しながらも、「ダメだ」ということは決して言わなかった。「あいつ、良くなったな。伸びてるぞ」と長所を見つけて、伝えてくれた。

 長く高校野球の指導を続けてきただけに、選手の身の丈は、ある程度見たらわかる目を持っている。だが、今、監督をしているのは自分ではなく文彦だ。文彦なりの視点で選手を見ている。そこで自分が何かを言えば、文彦も迷ってしまう。だから「良くなってるよ」「大丈夫だ」と伝える。それでいて、あからさまな欠点があればきちんと修正してくれていることは、文彦も気づいていた。

 勇が監督をしていた時には、よく衝突もした。昔気質の指導者だから、「レギュラーはコイツ」と決めたら、試合で10点取ろうが20点取ろうが絶対にメンバーを落とさない。「手心を加えたら失礼になる」と言って、徹底的に叩き潰す。それが対戦相手に対する礼儀という考え方だった。

 見かねた文彦が「もっといろんな選手を試合に出してあげてください」と意見を言っても、聞き入れてくれなかった。最後は口論になり、コーチから「もうやめましょう」と止められたこともあった。そうやって激しくやり合っても、同じ家に住む親子。練習が終われば、あと腐れなく同じ自動車に乗って帰宅していった。(第4話に続く)

【矢崎良一(やざきりょういち)】
1966年山梨県生まれ。出版社勤務を経てフリーランスのライターに。野球を中心に数多くのスポーツノンフィクション作品を発表。細かなリサーチと“現場主義"に定評がある。著書に『元・巨人』(ザ・マサダ)、『松坂世代』(河出書房新社)、『遊撃手論』(PHP研究所)、『PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って』(講談社)など。2020年8月に最新作『松坂世代、それから』(インプレス)を発表。