「今回の利下げで強烈な円高局面が来る説」の違和感

 世界の資本コストであるFF金利が下がれば、一時的であれ、ドル売りが為替市場で優勢になりやすい。当然、円買いも相応に起きる。しかし、その震度はその通貨が置かれている需給環境で変わるものだ。貿易赤字国になってまだ10余年しか経っていない日本はFRBの利下げを貿易赤字国として迎えた経験に乏しい。

ドル/円相場とFF金利
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 貴重なサンプルとして、今から約5年前となる2019年7月に行われた10年7カ月ぶりの利下げがある。この時を振り返ると直前・直後こそ円高が進んだものの、上の図表でも分かるように、一方的にその地合いが定着することはなかった。

 利下げが始まった2019年は約▲1.7兆円、その前年(2018年)は約▲1.2兆円の貿易赤字だった。足許に目をやれば、昨年は約▲9.3兆円、今年1~7月合計で約▲3.9兆円(年率では約▲6.7兆円)である。

 過去2年間で円相場の需給環境は著しく改善したが、それでもパンデミック前と比較すればまだ「円を売りたい人の方がかなり多い」という貿易取引の状況は変わっていない。

 もちろん、過去2年半で累積した円キャリー取引の残高がある(らしい)ので、円相場の反発力は思ったよりも強い恐れはある。とはいえ、過去に経験したどの米利下げ局面よりも日本の抱えている貿易赤字は大きいという事実も同時に押さえておくべき事実だろう。

 今回の利下げに応じて再び強烈な円高局面が来るかのような読みには、軽々に賛同できないというのが筆者の立場だ。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年9月19日時点の分析です

唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。