高い「危険運転致死傷罪」のハードル

 では、なぜ前橋地検は危険運転での起訴を見送ったのでしょうか。

 これまで、数々の危険運転致死傷罪事件で被害者の支援を行ってきた高橋正人弁護士は、今回の地検の判断についてこう語ります。

「群馬の事件を検討するときに、参考になる最高裁の判例があります。泥酔状態で運転をしていた福岡市の市職員が、追突事故を起こすまではきちんと車線内を走行し、信号機の表示にも従って運転していたのですが、事故の直前に8秒間脇見をしてしまったため、停車していた先行車両に追突し、3人を死亡させた事案です。一審は危険運転致死傷罪を無罪とし、過失運転致死傷罪にしましたが、高裁と最高裁はこれを覆し、危険運転致死傷罪とし懲役20年の判決を下しました」

 高橋弁護士が例示したのは、18年前、福岡県で発生した「海の中道大橋事件」です。家族5人が乗った乗用車が飲酒運転の車に追突されて海に転落。3人の幼いきょうだいが亡くなりました。

(外部リンク)幼い3人犠牲 海の中道大橋の飲酒死亡事故から18年|NHK 福岡ニュース

「一審が危険運転致死傷罪について無罪とした背景には、『8秒間も脇見をすることは、普通の運転手だったら怖くてありえないことではあるが、酒を飲んでいなくても、全くあり得ないことではないのではないか、だからただの過失だ』という考え方があったとみることができます。実際の事例を見ても、8秒間脇見をすることは稀なケースではありますが、私自身弁護士として、酒を飲んでいない事例を3件、事件として扱ったことがあります。しかも、うち1件は、15秒間、赤色灯火に気づいていない事案でした。しかし、いずれも過失運転致死罪でした」

 高橋弁護士の経験からも、危険運転致死傷罪のハードルはかなり高いことがわかります。しかし、そんな中、「海の中道大橋事件」は一審で無罪とされながらも、最高裁は危険運転致死傷罪の成立を認めました。つまり、8秒間脇見をしたことをもって『酒の影響によるものだ』と判断したのです。

(外部リンク)最高裁の判決

 高橋弁護士は、この判決について、次のように整理することができるのではないかといいます。

「事故が酒の影響によるものだと言えるためには、『酒を飲んでいない以上、8秒間脇見をすることは“絶対”にあり得ない』というところまで厳密に立証する必要はありません。『“普通”だったら8秒間脇見をすることはあり得ない、そしてかなりの量の飲酒をしていた』ということを立証できれば、酒の影響があったと考えるのが常識的であるから、事故と飲酒との因果関係を認められ、危険運転致死傷罪が成立します。

 しかし、酒を飲んでいない場合、8秒間脇見をすることは、“普通”ならあり得ないことではありますが、危険運転致死傷罪の構成要件に該当しませんから、過失運転致死傷罪とせざるを得ません。

 ただ、その場合であっても、重過失の部類に入るとして量刑上考慮され、普通の過失運転致死傷罪に比べれば刑が重くなる傾向にある、というのが裁判例の意味するところだと思います」